9月に入ってからも、空に浮かび上がる雲が、無性に綺麗。なんで、こんなに雲は綺麗なんだろう。ちょっとした時間のずれによって形も色も大きさも変わる。私も雲になってずっと浮かんでいたいな。
「おっはよー!」
 高校の門には、友達の凪が立っている。少し遠くから見ても、160センチは優に超えている身長は、分かりやすい。そして、制服のスカートから出る脚も、強調されて長い。凪はやっぱりスタイルがいい。羨ましい。
「おはよう!ねえ、今日の雲、綺麗じゃない?」
 登校してくる時、ずっと思っていたことを口に出す。
「もう本当、鈴乃はロマンチストだねー。私まで空が綺麗に見えてくるよ。」
 凪があははと、笑いながら言う。
「うそー!私ってロマンチストなの?」
「私はそう見えるよー、誰も気に留めないところに、気に留めるもん。」
 ロマンチストとは、あまり言われないけれど、変わってるとかはよく言われる。ただ、綺麗な雲が目に入ったから、言っただけなのに。
「じゃあ私、朝練してくるね!」
「うん、頑張ってね。」
 凪が陸上部の部室へ駆けていく姿が見える。
 私はそのまま校舎に入り、1年B組の教室に入る。今日もやっぱり誰もいない。窓際にある自分の席に座って、ぼうっと景色を眺める。やっぱり9月のこの頃の、雰囲気が好き。開けてある窓から隙間風が入って、顔に微かに当たるのが気持ちいい。朝早くて誰もいないから、静かでそれもいい。

 それから何分経ったか分からなくなってきた頃に、
「鈴ちゃん!おはよう!」と声がした。窓に向けてた顔を前に向くと、可愛い顔が真正面にあった。
「え!?」びっくりして身を引く。
「えへへ、びっくりした?」
 ドッキリ大成功というような顔で舌をぺろっと出す彼女は、柳原紗奈。凪もだけど、紗奈も相当可愛い。肩より少し下くらいの長さの髪は、太陽に当たって余計サラサラに茶色に見える。身長が小さいのもあって、小動物みたい。
「もうすぐ合唱祭があるよねー!楽しみだなぁ。」
 10月の真ん中には合唱祭がある。今日の1限目では、合唱祭についての話し合いがあるのだ。
「私はそんなに楽しみじゃないかなー。」
「えー。なんでー?」
「うーん。別に歌うのが苦手って訳じゃないけど、なんか嫌いなんだよね。」
 行事がそもそも好きではないのだ。理由は分からないけれど。
「そっかー。じゃあ、私と凪ちゃんと、鈴ちゃんで楽しい思い出作ろうよー!」
 紗奈はいつもこんな風に明るい事を言ってくれる。
「うん!」
 行事は好きじゃないけれど、3人で楽しい思い出作りたい!
「おはよー。なんの話してるの?」
 陸上の朝練が終わったみたいで、滴る汗をタオルで拭きながら凪が教室に入ってきた。周りを見ると、教室にも登校してきた人たちが多くなっている。
「合唱祭、楽しみだよねって話してたのー!」
「そうそう。で、私はそんなに楽しみではないなって。」
「もー。鈴乃は本当、消極的なんだからー。」

「凪、おはよ。」
 凪に挨拶をしたのは、同じクラスの大橋颯斗くん。大橋くんは、クラスでは明るいけど、真面目な感じ。私みたいに男子と仲良くない人とは、関わりのない人だ。
「颯斗、また朝練サボったでしょー!」
「朝眠かったんだよ。しょうがねーじゃん。」
「私も頑張ってきてるんですー。家突っ込んで、起こしてあげようか?」
「うるせ、うるせ。」
 大橋くんはバッグを自分の席に置くと、男友達の方へ行ってしまった。
「凪と大橋くんって本当、仲良いよねー。」
「ね。さすが幼馴染。」
 凪は凄いなー。普通に男子と話すことができて。私は、普通に話すことはできるけど、女子友達と同じふうには接する事ができない。
「颯斗のやつ、陸上の朝練、毎回サボってんだよ?意味わかんないー。」
 凪と大橋くんが仲良い事にちょっと笑ってしまう。
「凪と大橋くんが付き合うまで、あと何日?」
 紗奈が意味ありげな笑みを浮かべて聞く。
「え?何言ってんの?颯斗と付き合うなんて、ないない。そんな、颯斗に恋愛感情なんて持ったことないし。」
「うそだー。絶対なんかあるって。ねー、紗奈。」
「うんうん。いーなぁ。私も恋したーい。」
「私が颯斗に、恋してる設定で話進めるのやめてよ。」
 凪が苦笑いしながら、否定する。
「ごめん、ちょっとやりすぎた。でも、いいよなー。幼馴染とか。漫画みたい。」
 憧れでそう、口に出す。
 ガラッとドアを開ける音がして、1年B組の担任、森川先生が入ってきた。
「あ、座んないと。」
「じゃあねー」
 紗奈と凪が自分の席へ戻っていく。
「じゃあ、今日から合唱祭のことについて話し合っていきます。」
 森川先生は癖のあるショートヘアの髪を触りながら言った。
「合唱祭楽しみー。」
「森セン、今日も髪はねてるよ」
「どんな歌、歌うのー?」
 みんながざわざわと話し始めた。
「みんな、静かにして!今日は、合唱祭のリーダーとピアノの伴奏者、指揮者を誰にするか決めます。曲は、二曲歌います。ここからは学級委員お願い。」
「はい。では、まず合唱祭のリーダーに立候補してくれる人、いますか。」
 学級委員の中村さんと塩野くんが、前に出てきた。
私は、リーダーにも伴奏者にもなりたくない。あまり、目立つことはしたくないのだ。
「誰がする?」
「やってみようかなー?」
「これって何人なんですか?」
 凪が聞いた。凪は、こうゆうのやりそうだな。授業中にもよく手を挙げているし、今みたいに普通に先生に聞くこともできるし。
「えっと…。リーダーが一人、伴奏者が曲にそれぞれ一人ずつ、指揮者も曲にそれぞれ一人ずつです。」
「俺、リーダーやる。」
 私の隣の席で、手を挙げたのは大橋くん。
「いーじゃん!」
「大橋、やるんだ。」
「リーダーは、大橋くんでいいですか?」
 異議なし。
「リーダーは、大橋くんで。他に伴奏者、指揮者はいますか?」
リーダーは、凪がやるのかもしれないと勝手に私は思っていたから、少しびっくりした。
「大橋、頑張れよ!」
「おう!」
「伴奏者は、ね。」
「もう、あの子しかいないでしょ。」
 みんながその子を向く。
「井上葵さん!やりませんか?」
「やります!」
 そう、元気に答えたのは、髪を肩より上にきれいに揃えた女の子、井上さん。
「やったー!」
「もう、うちのクラス勝ち組でしょ?!」
「ね!ほんと!」
「東京のコンクールに出て、優勝してるくらいなんだから。」
 井上さんは、私は聞いたことないけれど中学1年生の時に優勝しているらしい。
「もう一人は?」
「やりたい人いる?」
 そう、学級委員が言うと、さっきより静かになった。一人が井上さんだと、もう一人の人は結構目立ってしまうから。
「あの…、私、やってもいいですか?」
 遠慮がちに手を挙げたのは、紗奈!?紗奈って、ピアノやりたいって言ってたっけ?そんな、驚きの思いはクラスのみんなも同じみたいで、動揺している。
「やってくれるの?」
「うん、私なんかでよければ…。」
「じゃあ、井上葵さん、柳原紗奈さん、ピアノの伴奏お願いします!」
 学級委員の中村さんがそう言うと、みんなが拍手した。

 それから指揮者も決まって、一限目は終わった。
「起立ー。ありがとうございました。」
「「「ありがとうございました!」」」
 毎回、挨拶を言い終わるか終わらないかのうちに、みんなは席を動く。私もすぐに席を動いて、紗奈の席に向かった。
「紗奈、ピアノ引くの!?すごいね!」
「ね!びっくりしちゃった!!」
「なんで、伴奏者やろうと思ったの!?」
 凪と私で、紗奈の机に手を置いて、質問攻めにする。
「なんか、やってみたいなぁって。ほら、合唱祭楽しみたいし。ちょっと目立つことしたかったんだ。」
 そっかぁ…。すごいな、紗奈。私には絶対出来ない。
「すごい!すごいね、紗奈!頑張ってね!」
「うん!頑張れ!」
「ありがとう、でも…不安なんだ、私。ちゃんと、引けないかもしれない…。」
 紗奈が不安気に、言った。
「大丈夫!紗奈は頑張り屋なんだから!」
「紗奈なら、できるよ。しかも、私たちもいるし!」
 紗奈は、本当に頑張り屋さん。
「そうかな…。でも、ありがとう!鈴乃ちゃんたちがいると、心強いよ!」
 紗奈が元気になると、こっちまで元気になってくる。

 そうして、今日の六限目も終わった。
「今日も凪ちゃん、部活?」
「うん!だから、一緒帰れない。ごめん!」
 凪と紗奈は、途中まで帰る方向が一緒。私は違うけれど。
「大丈夫ー!鈴乃ちゃん、校門まで一緒行こー」
「うん。じゃあね凪、部活頑張って!」
「バイバイ、また明日ねー」
「じゃねー、紗奈、鈴乃!」
 凪がそう言って放課後も部活に行く。
「すごいよね、朝も夜も部活って。」
「ねぇー。私もなんか部活入れば良かったかなぁ。」
「私たち、帰宅部だもんね、」
「ねぇー」

 校門に着いた。
「またね、紗奈ー」
「鈴乃ちゃん、バイバイー」
 紗奈と別れて、学校の近くにある駅に向かう。朝よりは電車に乗っている人は少ないと思うから、朝より気楽。
 最寄り駅に着くと、電車を降りて、ホームに向かう。ホームを出ると、近くにある商店街に沿って真っ直ぐ行くと家に5分くらいで着く。でも、時々私は反対側の道を少し歩いて、ある店へ行く。
 その店に近づくとともに、和菓子の匂いがする。
 カランカランとドアベルの音をさせながら店のドアを開ける。
「鈴乃ちゃん、いらっしゃい。」
「こんにちは、幸子ちゃん。」
 穏やかな笑顔で挨拶をしてくれたのは、私のおばあちゃん。親しみをもって、幸子ちゃんと呼んでいる。
「金平糖食べる?」
「うん、いつものやつがいいな。」
 この店は金平糖屋さん。金平糖屋ってあまり聞くことはないけれど、ここの金平糖は特においしい。
 店にあるいつも座っている椅子に座った。
「家、帰らなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫。お母さん、今日も遅いだろうし。」
 お母さんは仕事が朝から晩までずっとあり、忙しそう。お父さんは、単身赴任で家にはあまり戻らない。
「大変だねぇ。鈴乃ちゃんも困ったことがあったら言ってね。」
「うん、今のところ大丈夫だよ。」
 幸子ちゃんには、困ったことや悩み事があったら、すぐに相談してしまう。お母さんより、おばあちゃんの方が頼ることが多いかもしれない。
「はい、どうぞ。」
 カランと音がして、カラフルな色の金平糖が私の前に出された。口に入れると甘い味が口の中に広がる。
「おいしい〜。」
「金平糖を食べると、悩みも疲れも吹っ飛ぶよぅ。」
 幸子ちゃんは店に来るたびに言う。口癖みたいな。 
「ふふ、いつも言うね」
「金平糖は元気になるもとなんだよ。」
「それは、初めて聞いた。」

 幸子ちゃんと話していると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「もう、6時だね。」
「最近は時間が経つのが早くなったねぇ。そろそろ帰りなさい。暗くなると危ないから。」
「わかった。また来るね。じゃあね。」
 スクールバッグを持って、ドアを開ける。
「気をつけてね。じゃあね。」
「うん。」
 カランカラン。店のドアが閉まる。すっかり外は暗くなってしまってる。暗くなると、星がよく見えてきれい。星は、金平糖になんとなく似てるから好き。明日も、学校が楽しみだな。