職員室に行ってから、教室に戻ってくるまで、時間はトータルで30分ほどであっただろうか。
 実質の説教は非常に短く済んだのだが、蔵人の現代国語における成績の話が長引いたのだ。
 だが森教諭の性格を考えれば、そうなることは容易に想像が付いたし、むしろ職員会議を(あと)に控えていたおかげで、くどくどしいうんちくは省略されたぐらいだ。

「早かったねェ、クラちゃん」

 教室に踏み込んだところで、冬馬に声を掛けられた。

「何でトーマが?」

 冬馬は蔵人の席に座り、隣でノートを移している綺紗羅をニコニコ眺めている。

「旅行の件で相談があるって、言ったじゃん。あと、ついでに美咲クンも誘っちゃった」
「はぁ?」
「だって僕、ココでクラちゃん待ってる間に、仲良しになっちゃったんだも〜ん。ねー、美咲クン」

 語尾にハートマークでも付いていそうなデレデレ口調の冬馬に、蔵人は呆れた視線を送る。
 とはいえ、冬馬は非常に他人と打ち解けやすい性格…と言えば聞こえは良いが、要するにかなりの "距離ナシ" な性格をしている。
 思うに、ノートを写している綺紗羅の隣で、一人で喋りまくったのだろう。

「ノート、終わらないなら明日でいいぞ」
「クラちゃんったら、いつのまにノートの貸し借りするよーな仲にまで発展してんのさ? スミに置けないなぁ!」
「くだらないことを言ってると、怒るぞ」
「私はまだ、ノートを貸してない」

 いつものおふざけを続ける冬馬を適当にあしらって、出来ればさっさと帰りたかったのだが。
 そんな蔵人と冬馬の会話に、綺紗羅が突然割り入ってきた。

「えっ、なに?」

 問い返す冬馬に、綺紗羅は至極真面目な顔を向ける。

「私はノートを借りたが、私がノートを貸したことは無い。故に "貸し借り" はしていない」
「アハハハ、美咲クンっておンもしろいのー!」

 笑い転げていた冬馬は、息を整えてからチラッと蔵人を見やり、それから綺紗羅に向き直った。

「美咲クンさぁ、この(あと)用事ナイなら、一緒にファミレス行こうよ! 僕、Danny'sのクーポン持ってるから、期間限定サンデーの割引効くし!」
「え…?」

 誘われた綺紗羅は、当惑顔を冬馬からジリジリと蔵人へと向けてきた。

「だっからオマエは距離ナシだっつーんだよ。トーマは旧知の友になったつもりかもしらんが、突然そんな誘いをされたら、フツーは困るんだぞっ!」
「ええ〜、クラちゃんそんなこと言って、今日も僕の楽しみを奪うつもりだろう! キミときた日にゃ、ファミレスでパフェを頼もうとすると、とにかく絶対阻止するんだから!」
「それはオマエが、いちいち俺にも食わそーとすっからだろうがっ! そもそも俺はファミレスよりもバーガー押しだっちゅーの!」
「あーあーあー! バーガー屋じゃあ期間限定のフレーバーシェイクとか頼むのに、僕がパフェを頼むのを阻止するのはなんでですか? 僕だって、パフェが食べたい! 食べたい物を食べるのが民主主義じゃないんですか?」
「俺は、オマエがアレらを一人で大人しく食ってる時は、止めなかっただろうがっ! 俺に無理矢理注文させて、映えとか言って写真撮って、わざと俺を写り込ませなきゃ、()めねーわ! そもそもコスパが悪いちゅーの!」
「一人で食べても美味しさ半減なんだちゅーの! それにパフェだけ画像なんて、十把一絡な画像じゃいいねもアクセスも伸びないの! そこにギャップのクラちゃんが写り込むのが、人目を引くポイントなんだってばっ!」

 綺紗羅は、二人のやり取りをしばらく呆気にとられて眺めていたが。
 数秒して我に返り、二人の間に割って入った。

「わかった、私も付き合うから、言い争いはよせ」