体育館から保健室までは、校舎を一つ通り抜けるほどの距離がある。
 背中の綺紗羅に意識はない。

『なんかコイツ、軽くね?』

 廊下を歩きながら、蔵人が綺紗羅に対して考えたことは、それだけだった。
 むしろ、綺紗羅に何かを思う前に、意識のない(もの)を生徒一人に任せた教諭の指導方法に対する憤りの(ほう)が強くて、それ以外は思考になかったのだ。
 ただ、背負い直したりする度に、綺紗羅の手足の細さのような物理的な感触で、その体の軽さを認識していただけだ。

 保健室は、無人だった。
 扉には、養護教諭が不在である旨が書かれたボードが下がっていたが、幸い鍵はかかっていなかった。
 中に入り、蔵人は綺紗羅をベッドに下ろす。
 室内を見回し、打った場所を冷やすためのなにかがあればと、まずは冷蔵庫を探すがそれっぽい物は置かれていない。
 目についたのは棚に置かれたタオルと洗面台だったので、そこでタオルを水に浸し固く絞る。
 正直に言えば『割りを食った』と感じているが、それでも此処に至るまで全く意識を取り戻す様子がなかった相手の事も気がかりで、蔵人は綺紗羅の顔を覗き込んだ。

「…なんだ…コイツ…」

 顔面にボールを受けた所為で、鼻柱が赤く擦りむけていて、(ひたい)にもボールの跡が残っていたが。
 金糸の髪が落ちて(あら)わになった顔は、冬馬が言った通り、確かに "美人" と呼んでもおかしくない、整った少女のようだった。
 長い金髪のまつげと、白磁の肌、少女漫画のような線の細さ。

「なんか…男じゃないみたい…」

 しばらくして、蔵人は自分が無言で綺紗羅の顔を見つめている事に気づき、ハッとする。
 マジマジと見つめすぎて、思いの外、間近にまで顔を寄せていたことに狼狽えて、(だれ)も見ていないのに気恥ずかしさに、思わず手に持っていた濡れタオルを綺紗羅の顔に投げつけると、保健室を飛び出した。