「おっはー、クラちゃーん!」

 学生食堂で昼をとっている蔵人の背中を、冬馬(とうま)が叩く。
 冬馬は蔵人の幼馴染で、進学先の高校も一緒だったのだが、クラスが離れてしまったので、最近は昼食時にこうして学食で顔を合わせるのが常だった。
 蔵人の向かい側に腰を下ろした冬馬は、持っていたランチのトレーを置いた。

「クラちゃんのそのおかず、なに?」
「糸こんにゃくと油麩のすき煮」
「それ、昨日も入ってたよね?」
「昨日のは、糸こんにゃくと油揚げのすき煮」
「クラちゃんさぁ、自分でお弁当作ってるのは偉いと思うけど、もうちょっとバリエーション広げない?」
「うるせーな。予算がねぇんだよ」

 母が看護師で父のいない家庭環境である蔵人は、毎日の弁当を自作している。
 だが、好みの味と予算の折り合いを考えると、食材がなぜか糸こんにゃくに偏るのだ。

「てか、今日もランチか? おばさんどうしたんだよ?」
「おかんは元気ハツラツだよ」
「じゃあ、なんでオマエは弁当持ってないんだよ? おばさんと喧嘩でもしたのか?」
「弁当は二時間くらい前に、無限の宇宙へと旅立った感じ?」
「オマエの胃袋は、どこに繋がってんだよ?」
「二限が終わったらおやつタイムでしょうが」
「俺も菓子パン喰ったけど。弁当まで食うか?」
「仕方ないじゃん。食べ盛りだも〜ん」

 思うに冬馬の母もその辺りは判っていて、弁当の他にランチ代を持たせているのだろう。
 かくいう蔵人とて、母が袋入りの特売品を買い置きしてくれている菓子パンを、小分けにして持ってきて食べている。

「クラちゃん、今日はバイト休みだよね? 旅行の話をしたいよ」

 冬馬はランチを食べながら、用件を切り出した。

「なんか、話あったっけ?」
「いやいやいや、大雑把なスケジュール以外、なぁ〜んにも決めてないでしょ。みんなからやりたいコトの希望は聞いておいたから、精査しよ?」

 夏休みに、冬馬と蔵人は友人を誘ってキャンプに出掛ける計画を立てていた。

「あー、今日は無理」
「ええ〜、クラちゃんいないとなんも決まんないから困るよぉ」
「幹事はオマエだろがい」
「むむむ。そこまでツレない態度を取るってことは、なんかのっぴきならない理由があると見た! どうしたの? カノジョ出来た?」
「ちげーよ。…実は今朝、遅刻したのがバレて…」
「えっ、朝から数学だったん?」

 数学を受け持っている教諭は、必ず出席を取る生真面目な性質(たち)なので、遅刻は決して赦されない。

「いや、現国」
「モーリスが出席取ったのっ?」

 モーリスとは、現国担当の森教諭のあだ名である。

「違う。教室に入ったところで、隣の席の(やつ)にチクられたんだよ」
「あらま! コミュ障なのに意外とトモダチ多いクラちゃんらしくない話だね」
「コミュ障は余計じゃ! てか、変な(やつ)なんだよな」
「変…って?」
「こう…前髪をぼさぼさ〜っと伸ばしてて、顔が良く見えないちゅーか。(だれ)とも喋んないし、休み時間は教室にいなくて。その割に髪を脱色してマッキンキンにしてるし。ミサキとかって(やつ)
「えっ、金髪のミサキさんって、美咲(みさき)綺紗羅(きさら)ちゃんじゃないの?」

 パッと顔を輝かせて、得意満面に冬馬が言った。

「フルネームまで知らん」
「美人女優、美咲更紗(さらさ)の息子らしいよ! ハーフのお母様そっくりの超絶美人顔なんだって! 入学した時から噂になってんのに、クラちゃん知らないの?」
「知らんわ。俺は、芸能ネタになんのキョーミもない」
「ええ〜、クラちゃん席が隣なんだ! 羨まし〜!」
「落ち着けトーマ。ウチは男子校だ、どんなに美人顔でも、相手は男だぞ」
「ナニ言ってんだよ、クラちゃん!」

 冬馬はビシッと、箸を蔵人の鼻っ面に向ける。

「僕は美しいヒトを見ると心が和むの! 顔面偏差値の高いトモダチ大好きなの! あ〜、美形とお近づきになりたい…」
「なんだそれ…」
「あ〜、クラちゃんは、顔はついていればイイってヒトだもんねぇ」

 憐れむような目を向けられて、蔵人は呆れた顔を返す。

「顔どうこうじゃなくて、付き合いやすいかどーかだけだろ?」
「いーよ。クラちゃんが紹介してくれないってゆーんなら、僕がクラちゃんの教室に行けばいいから、無問題」

 冬馬は蔵人の顔をチラッと見てから、ニヤッと笑った。