💭   🔁   ❤×?323



 ビジネスと観光の街・三宮とは言っても、ちょっと歩けばすぐに住宅街が顔を出す。

「星狩さん、もしも僕が、幽霊を見る事が出来るって言うたら、信じる?」歩きながら、恐る恐る尋ねてみる。

 星狩さんは驚いたような顔をして見せたあと、にっこりと微笑んで、

『信じるよ!!(๑•̀ㅂ•́)و✧グッ』とスマホに打ち込んで見せてくれる。

「えええっ!? そんな簡単に!?」

『だって物部くんのホラー小説って、真に迫るっていうか、体験談っぽいんだもん』

「え!? 星狩さん、僕の小説、読んでくれてるん!?」

 嬉しい嬉しい嬉しい!
 ……あれ? 星狩さんが俯いている。

「……ほ、星狩さん?」

 呼び掛けると、星狩さんはぱっと顔を上げて笑顔になり、

『大ファンだよ』

 ――僕は今、どんな顔をしているだろうか。
 きっと、だらしなくにやけているに違いない。

『それに』スマホを見せてくれてから、しばし悩む星狩さん。『相曽さんの幽霊、視えてたんでしょ? みんながスマホを覗き込んでいる時に、物部くんだけが相曽さんの方を見てた。しかもそのあと、気絶した』

 め、めっちゃ見られているじゃないか……恥ずかしい。

 30分ほども歩くと、僕と友樹くんが轢き逃げに遭った交差点に到着した。

「あれ? どうしたの?」

 無人――少なくとも生きている者は居ない――の交差点の数メートルほど手前で、星狩さんが立ち止っている。彼女は影が薄く、どたどたと下品な足音を立てて歩くようなたちではないので、気付くのが若干遅れた。
 僕が歩み寄ると、スマホを掲げて、

『居るんでしょ? やっぱりちょっと怖くて』

 あぁ。まぁそれはそうだよね。
 僕も相手が友樹くんでなければ、怖い。
 相曽さんの幽霊なんてもう、貞○さながら。今にも天晴さんを呪い殺しそうな目をしていたし。

 僕は星狩さんを置いて交差点に入り、眼帯を外す。
 ……居る、な。
 ここは、四方を一軒家の高い塀で囲まれていて見通しが悪く、そのくせ双方通行で、極め付けに小学校や公園が近くにあるという、事故を起こしてくださいと言わんばかりの場所。過去に悲惨な事故が何度も起きているらしく、友樹くん以外にも少なくとも2人、()()んだよね。

 ずきずきと、左目が痛む。
 交差点の中に潜む黒い(もや)は全部で3つ。
 うち1つはすぐに小さな男の子の姿と取る――6年前から変わらない、友樹くんだ。

「友樹く――」

 言い掛けて、足先から頭のてっぺんまで総毛立った。





 右足に、何かが纏わりついている。
 小さな、白い――――……手が、僕の足首を掴んでいる!





 感触は、無い。
 僕の霊感は視覚によるもののみであって、音や臭い、感触などを受け付ける事は出来ない。けど、とてつもない寒気を感じる。
 この、子供のような小さな手には、手首から先が無い。

「ご、ごめんな。と、通らせてくれへん?」

 震える声を必死に抑えながら、道中で買ってきた花束と、駄菓子を地面に置いてやる。
 すると手は僕の足首をぱっと放し、駄菓子を大事そうに撫で始めた。

「――――……はぁッ!」

 冷や汗をかきながら、僕は歩みを進める。

 もう一人、お腹がぐちゃぐちゃになった男性が、交差点の真ん中で大の字になって寝っ転がっている。顔は苦悶に満ちている。
 もう1つの花束を交差点の隅にお供えすると、男性の顔が和らいだ。
 ちゃんとお供え物を用意しておいて正解だった。お供え物に効果があるというのは、この6年で嫌と言うほど経験しているんだ。

 そうして僕は、最後の1人――友樹くんの前に立つ。
 左目を閉じた友樹くんは、穏やかに、嬉しそうに微笑んでくれている。

「これ、お花」ビニル袋の中から最後の花束を取り出し、供える。「それと少年ニャンプやで」

 この日の為に貯めておいた5週間分の漫画雑誌を供える。これには友樹くんも大喜び。
 僕が東京に引っ越すまでは、週に1回、ニャンプ片手にお参りに来ていたんだけど、東京に行ってからはそんな事も出来なかったから。
 往復3万円なんて僕にはとても払えないし、ただでさえ養ってもらっている叔父叔母相手にワガママも言えないから。

 友樹くんが僕の手を握り締めようと、僕の手を両手で包み込むような仕草をする。感触は無いけれど、じんわりと温かみを感じる。
 この6年で、僕の手はすっかり大きくなった。僕が、僕だけが成長してしまった。僕は、友樹くんがクッションになってくれたお陰でこうして生き残り、友樹くんから目まで奪ってしまって――。





 ――――……ぞわり。





 急に、寒気が、した。
 僕は全身が震えている事に気付く。
 見れば友樹くんも、その顔を恐怖に染め上げている。

 僕のすぐ背後に、()()
 途方も無く禍々しい何かが。

 お、おかしいな。この交差点に居る霊は、友樹くんと、轢死体の男性、そして小さな手の持ち主である女児だけのはずなのに。
 いや、この1ヵ月の間に、新たな事故があったのかもしれない。それで、鮮烈な恐怖と冷めやらぬ怒りに包まれた悪霊が、道連れを求めているのかも――。

 振り向きたくない。振り向くべきではない。
 だと言うのに、僕の体が勝手に動く。振り向く――。

 ソレは、人型の霊だった。
 真っ赤な(もや)に包まれたソレが、凄惨に微笑んだ。