翌日の3限目。郁斗は教室にかかる壁時計を凝視しつつ、数学教師の様子を観察していた。あと10分。決して、腹が減っているから早く授業が終わってほしいのではない。
そんなの、かわいいキャラの俺じゃない。
そうではなく、例の発表が正午にある。クラスのみんなに囲まれることになるのは目に見えていた。有難いことだが、歩がキャパオーバーしそうなのだ。
3限目が終わるのは11時50分。発表からのタイムラグがあるとはいえ、授業が終わったらすぐに歩を連れて人気のない所に行かなければならない。1学年上に在籍する西園寺は、今日も仕事で学校にはいない。運の良い奴だ。
担当の数学教師は、たまに雑談をし過ぎると授業を延長することがある。今日はまだ雑談をしていない。これは勝ち確定かもしれない。郁斗はこっそりガッツポーズをした。
「それで、ここは二項定理を使います。……そういえばこの前——」
——ここに来て雑談を挟むか!?
おっといけない。かわいいキャラかわいいキャラ。手のひらに食い込んだ指の爪の力を抜く。
「いや、やっぱいいか。で——」
——よし。いいねいいね
心の中で頷いていると、斜め前方に座る歩と目が合う。彼はきょとんとした表情で、頭の上には大きく?を浮かべていた。慌てて視線を逸らした所で、チャイムが鳴った。
鞄から弁当を取り出し、歩の元へ行く。
「歩、行くよ」
「うん」
郁斗の意図に気づいたのか、歩も弁当を持って一緒に教室を出た。
外は運よく雨が上がっていた。
校舎裏にある用具入れの裏に2人でしゃがむ。郁斗たちだけでなく、頻繁に人が出入りしているスポットのようで、昼を過ごすにはちょうど良い場所だった。
夏が近づいているおかげで、2人で走ると少しだけ汗ばむ気温の中、校舎の方から流れてくる、同じ事務所の大先輩の最新曲に耳を傾ける。
奇しくもかつて1年半という最短デビューを飾ったグループだ。
「俺らも、あんな風になれるかなぁ」
ポツリと呟いた郁斗の言葉に、せっせと大きな弁当の蓋を開けながら歩が答えた。
「なれるよ。あの3人と郁斗がいるんだもん。俺も頑張るからさ」
あーん、と声を出しながら唐揚げを幸せそうに食べる歩の姿からは、とても闘争心に燃える昨日の歩は見当たらない。
穏やかな昼休みだ。いつもなら、一般科から郁斗たちを見にやってくる生徒たちに愛嬌を振舞わなければいけない。キャラ作りの強化と言えば聞こえは良いが。
昼休みも中盤に差し掛かると、スマートフォンには大量のメッセージが来ていた。クラスメイトや友人だけでなく、同じ研修生たちからも。チラッとSNSを覗いてみると、『SN―SKY』の文字がトレンド入りしていた。
その他にも、仲森、神田、西園寺の名前もある。けれど、郁斗たちの名前はない。分かってはいたことだが、郁斗と歩の知名度はあの3人に遥かに及ばない。
——何か、俺たちにも新しい武器を持たないといけない
そんなことを思いながらSNSでの反応を窺っていると、1つの投稿が目に入った。
『一番年下の2人、なんか双子みたいじゃない?』
——……これだ!
「歩」
「なあに?」
「俺たち、疑似双子にならない?」
我ながら突拍子もない発想だとは思う。それでも、これ以上ない名案だとも思った。
「なにそれえ?」
「キャラとして双子です!みたいにアピールするの。きっと覚えてもらえるよ」
誕生日も高校も同じの、あざとかわいい系と天然かわいい系の2人。まとめて知名度を上げるにはこれ以上効率的な方法はないだろう。
「双子ね……。ま、良いよ」
歩は何やら考えている様子だが、郁斗はメッセージアプリを開き、早速この案をグループに送った。
曇り空の隙間から太陽が覗いた。
そんなの、かわいいキャラの俺じゃない。
そうではなく、例の発表が正午にある。クラスのみんなに囲まれることになるのは目に見えていた。有難いことだが、歩がキャパオーバーしそうなのだ。
3限目が終わるのは11時50分。発表からのタイムラグがあるとはいえ、授業が終わったらすぐに歩を連れて人気のない所に行かなければならない。1学年上に在籍する西園寺は、今日も仕事で学校にはいない。運の良い奴だ。
担当の数学教師は、たまに雑談をし過ぎると授業を延長することがある。今日はまだ雑談をしていない。これは勝ち確定かもしれない。郁斗はこっそりガッツポーズをした。
「それで、ここは二項定理を使います。……そういえばこの前——」
——ここに来て雑談を挟むか!?
おっといけない。かわいいキャラかわいいキャラ。手のひらに食い込んだ指の爪の力を抜く。
「いや、やっぱいいか。で——」
——よし。いいねいいね
心の中で頷いていると、斜め前方に座る歩と目が合う。彼はきょとんとした表情で、頭の上には大きく?を浮かべていた。慌てて視線を逸らした所で、チャイムが鳴った。
鞄から弁当を取り出し、歩の元へ行く。
「歩、行くよ」
「うん」
郁斗の意図に気づいたのか、歩も弁当を持って一緒に教室を出た。
外は運よく雨が上がっていた。
校舎裏にある用具入れの裏に2人でしゃがむ。郁斗たちだけでなく、頻繁に人が出入りしているスポットのようで、昼を過ごすにはちょうど良い場所だった。
夏が近づいているおかげで、2人で走ると少しだけ汗ばむ気温の中、校舎の方から流れてくる、同じ事務所の大先輩の最新曲に耳を傾ける。
奇しくもかつて1年半という最短デビューを飾ったグループだ。
「俺らも、あんな風になれるかなぁ」
ポツリと呟いた郁斗の言葉に、せっせと大きな弁当の蓋を開けながら歩が答えた。
「なれるよ。あの3人と郁斗がいるんだもん。俺も頑張るからさ」
あーん、と声を出しながら唐揚げを幸せそうに食べる歩の姿からは、とても闘争心に燃える昨日の歩は見当たらない。
穏やかな昼休みだ。いつもなら、一般科から郁斗たちを見にやってくる生徒たちに愛嬌を振舞わなければいけない。キャラ作りの強化と言えば聞こえは良いが。
昼休みも中盤に差し掛かると、スマートフォンには大量のメッセージが来ていた。クラスメイトや友人だけでなく、同じ研修生たちからも。チラッとSNSを覗いてみると、『SN―SKY』の文字がトレンド入りしていた。
その他にも、仲森、神田、西園寺の名前もある。けれど、郁斗たちの名前はない。分かってはいたことだが、郁斗と歩の知名度はあの3人に遥かに及ばない。
——何か、俺たちにも新しい武器を持たないといけない
そんなことを思いながらSNSでの反応を窺っていると、1つの投稿が目に入った。
『一番年下の2人、なんか双子みたいじゃない?』
——……これだ!
「歩」
「なあに?」
「俺たち、疑似双子にならない?」
我ながら突拍子もない発想だとは思う。それでも、これ以上ない名案だとも思った。
「なにそれえ?」
「キャラとして双子です!みたいにアピールするの。きっと覚えてもらえるよ」
誕生日も高校も同じの、あざとかわいい系と天然かわいい系の2人。まとめて知名度を上げるにはこれ以上効率的な方法はないだろう。
「双子ね……。ま、良いよ」
歩は何やら考えている様子だが、郁斗はメッセージアプリを開き、早速この案をグループに送った。
曇り空の隙間から太陽が覗いた。