夕飯を仲森と適当な店で済ませ、仲森の家までの行き慣れた道を2人並んで歩いた。2人の間に会話らしい会話はない。神田は大学受験の入試当日を思い出した。
 家に着くと仲森はご丁寧にもスリッパを勧めてきた。今までこんなことはなかったのに。
「水くらいしかねえけど」
 神田をソファーに座らせると、仲森はそう言いながら冷蔵庫にあったミネラルウォーターをコップに注ぎ、これまた丁寧にコースターまで敷いて出した。この場において、完全にお客様だ。その居心地の悪さに、神田は早々に本題に入る。
「謝りたいって、何が?」
「……お前を名前のない関係に引き込んだことだ。まだ子どもだったお前を、俺が無理やり大人にしたんだ」
 隣に腰掛けた仲森は、顔を歪め唇を噛み締めた。両手は強く握りしめており、後悔の色が滲み出ている。
「……もしかしてそれが、俺から離れた理由か?」
「立ち行かなくなる前に終わらせるべきだと、思った。それに怖かったんだ、名前を付けるのが。俺一人じゃ、お前を守ってやれねえから」
——なんだ、それ
 この男は、真面目で責任感が強くて、そのくせ繊細なのだ。そんな所が神田は嫌いで、好きだった。
 仲森の拳を掴んで引き寄せ、身体ごと自分の方へ向ける。
「お前と離れて、ずっと寂しかったよ俺は!何でお前1人で守るんだよ。2人の責任だろ。手放す方が嫌だ……」
 せき止められていた想いが、爆発した。仲森が離れて、神田は寂しかった。触れ合っていた時には近くに思えていたのに。精神的にも深く繋がれていたと思っていたのに。
「それって……」
 仲森の瞳が揺れ、段々と下を向いていく。そんな仲森の視線の先に、神田は先回りした。
「好きだ。お前のことが。俺はちゃんと恋人になりたい」
 仲森は繊細で、神田は臆病で。2人には言葉が足りなかった。大切なことは言葉にしないと伝わらないのに。
「俺も、お前のことが好きだよ。でも……」
 視線を外して難しい顔をする仲森の頬に手を添え、神田は真っ直ぐに見つめる。神田の視界は涙でぼやけ、鼻の奥はツンと痛い。それでも優しい笑みを浮かべた。
「確かに俺らの生きる世界は厳しい。でも、お前がいなきゃ俺はこの世界を生きていけねえの」
「そんなの、俺だって……!」
 仲森は神田の背中にそっと手を回し、引き寄せて抱きしめる。2人の肩口には互いの溢れた涙が零れ落ちた。