そんなことがあったのに。仲森は恋愛感情を「その人を思うと胸が痛くなったりとか。愛しいと思うのに、上手くできなくてイライラしたり」と、表現した。
そんな期待させることを言うなんて、どういうつもりだ。神田はもう限界だった。だから「気持ちがなくたって恋愛ごっこはできる」と言い放った。それはただの自虐で、ただの八つ当たりだ。だから、仲森が追いかけてきた理由が分からない。
鍵を閉められた上に、ドアのすぐ傍には仲森がいるせいで逃げ場がない。それなら黙秘するのみだ。神田は楽屋の一番奥の席に腰掛けた。
「悪かったな」
それだけ言って仲森を視界から外した。これ以上向き合っていたくなかった。神田は存外、臆病な人間である。
——早く誰か戻ってきてくれ
神田はただ一心に楽屋の扉を睨んだ。けれど仲森はそれを許してはくれない。神田の視線の先に素早く入ってきてしまう。
「何か言いたいことがあるんなら言ってくれないか」
仲森は真っ直ぐに見つめ続ける。神田は、どうにもそれに弱い。
「聞きたいんだよ、お前の気持ち」
見ざる聞かざる言わざるを続ける神田に、仲森は向き合うつもりらしい。
——言えと言われても。言ってどうなる?
その先に俺たちは後戻りできるというのか。
神田は怖かった。のっぴきならない関係だった2人がグループの兄役として今までいられたのは、そのまま割り切った関係だったからで。恋心がバレたら、もうだめだ。きっと仲間にも戻れない。
それが、怖い。仲森が何を考えているのか全て知れたらいいのに。
——そうか
「お前だってそうだろ。何自分だけ安全地帯に立とうとしてんだよ」
仲森の瞳が、怯えるような色に変わった。瞳の奥に繊細な一面が見え隠れする。
神田は確信した。仲森にだって言えないことがあると。多分、俺に対しての。俺の反応次第で、繊細な仲森が傷つくようなことが。
仲森はじりじりと神田に近付いてくる。逃げないことが分かると、隣の席に座り俯いた。
「……ずっと謝りたかった」
——は?
想定外の言葉に、神田の思考は止まった。
「あれ?誰かいるー?」
楽屋のドアノブがガチャガチャと音を立てる。ハッとして耳を傾けると「おーい」と声を掛ける声は我がグループの歩だった。
「話は後だ。今日、俺の家来いよ」
仲森はそう言って楽屋の扉を開けた。
——家に来いって……
どういうつもりだろうか。また以前の関係に戻るのか?そんなのは耐えられそうにない。恋心を自覚してしまった以上、割り切った関係は嫌だ。勝手に裏切られたような思いはもうごめんだ。
「もー、なんで鍵閉めてんの?」
「悪い悪い。つい」
歩は頬を膨らませながら楽屋に入ってきた。郁斗と西園寺の姿はない。
空いている席に座った歩は、仲森と神田を交互に見た。密かな緊張が楽屋の中に蔓延る。それに気づいているのは、きっと2人だけ。
「……2人は大事な人同士だよね」
放たれた言葉に、2人は顔を見合わせた。まさか、なにか、バレた?
「違うの?」
歩は突拍子もない言動をよくする。多分、きっとこれもそうだ。そうに違いない。
「大事だよ。めちゃくちゃ」
神田が心を落ち着かせている隙に、仲森はそうキッパリと言った。その目に嘘はなさそうだ。柄にもなく、ドキリとした。
「神田くんは?」
間髪入れない歩のその言葉に、仲森は不安そうに神田を見た。
——なんでそんな顔するんだよ
「……大事じゃなきゃ、ここまでやってこれねーよ」
改めて言葉にすると、やっぱり照れる。けれどそんな神田のココロなど気づいていないのか、2人はただただホッとしたような安らかな顔をしている。
「いいなあ。お互い大事って思い合えるのって」
歩の声のトーンが少しだけ落ちる。心優しい兄2人は顔を見合わせた。ここは俺らの出番だ、と。
「歩にはそういう奴、いねえの?」
「大事な人はいるけど、その人が同じ気持ちかは分からないよ……」
普段はふわふわしている歩が、深刻な顔をしている。
「伝えてみればいいんじゃねえの?」
神田は歩の傍まで行ってそっと頭を撫でる。
「2人みたいに上手くいくかな」
——上手くいってるかは、分かんねえもんだな
神田は心の中でそう呟くと、歩の頭をポンポンと優しく叩いた。しばらくそうしていると楽屋の扉が開き、郁斗と西園寺が姿を見せた。
「え、何してんのー」
ニコニコと可愛い顔をした郁斗が、一直線に歩と神田の元へやって来て歩の頭を撫で始めた。神田の手を追い払うように。
途端に耳だけ赤くして静かにほほ笑んだ歩を見ると、どこかの何かがピンときた。神田は読み取りにくい歩の感情の機微を少しだけ感じ取る。
——……俺もあんな顔してんのかな
いや、そんな可愛いはずがない。神田は自嘲気味に笑った。
そんな期待させることを言うなんて、どういうつもりだ。神田はもう限界だった。だから「気持ちがなくたって恋愛ごっこはできる」と言い放った。それはただの自虐で、ただの八つ当たりだ。だから、仲森が追いかけてきた理由が分からない。
鍵を閉められた上に、ドアのすぐ傍には仲森がいるせいで逃げ場がない。それなら黙秘するのみだ。神田は楽屋の一番奥の席に腰掛けた。
「悪かったな」
それだけ言って仲森を視界から外した。これ以上向き合っていたくなかった。神田は存外、臆病な人間である。
——早く誰か戻ってきてくれ
神田はただ一心に楽屋の扉を睨んだ。けれど仲森はそれを許してはくれない。神田の視線の先に素早く入ってきてしまう。
「何か言いたいことがあるんなら言ってくれないか」
仲森は真っ直ぐに見つめ続ける。神田は、どうにもそれに弱い。
「聞きたいんだよ、お前の気持ち」
見ざる聞かざる言わざるを続ける神田に、仲森は向き合うつもりらしい。
——言えと言われても。言ってどうなる?
その先に俺たちは後戻りできるというのか。
神田は怖かった。のっぴきならない関係だった2人がグループの兄役として今までいられたのは、そのまま割り切った関係だったからで。恋心がバレたら、もうだめだ。きっと仲間にも戻れない。
それが、怖い。仲森が何を考えているのか全て知れたらいいのに。
——そうか
「お前だってそうだろ。何自分だけ安全地帯に立とうとしてんだよ」
仲森の瞳が、怯えるような色に変わった。瞳の奥に繊細な一面が見え隠れする。
神田は確信した。仲森にだって言えないことがあると。多分、俺に対しての。俺の反応次第で、繊細な仲森が傷つくようなことが。
仲森はじりじりと神田に近付いてくる。逃げないことが分かると、隣の席に座り俯いた。
「……ずっと謝りたかった」
——は?
想定外の言葉に、神田の思考は止まった。
「あれ?誰かいるー?」
楽屋のドアノブがガチャガチャと音を立てる。ハッとして耳を傾けると「おーい」と声を掛ける声は我がグループの歩だった。
「話は後だ。今日、俺の家来いよ」
仲森はそう言って楽屋の扉を開けた。
——家に来いって……
どういうつもりだろうか。また以前の関係に戻るのか?そんなのは耐えられそうにない。恋心を自覚してしまった以上、割り切った関係は嫌だ。勝手に裏切られたような思いはもうごめんだ。
「もー、なんで鍵閉めてんの?」
「悪い悪い。つい」
歩は頬を膨らませながら楽屋に入ってきた。郁斗と西園寺の姿はない。
空いている席に座った歩は、仲森と神田を交互に見た。密かな緊張が楽屋の中に蔓延る。それに気づいているのは、きっと2人だけ。
「……2人は大事な人同士だよね」
放たれた言葉に、2人は顔を見合わせた。まさか、なにか、バレた?
「違うの?」
歩は突拍子もない言動をよくする。多分、きっとこれもそうだ。そうに違いない。
「大事だよ。めちゃくちゃ」
神田が心を落ち着かせている隙に、仲森はそうキッパリと言った。その目に嘘はなさそうだ。柄にもなく、ドキリとした。
「神田くんは?」
間髪入れない歩のその言葉に、仲森は不安そうに神田を見た。
——なんでそんな顔するんだよ
「……大事じゃなきゃ、ここまでやってこれねーよ」
改めて言葉にすると、やっぱり照れる。けれどそんな神田のココロなど気づいていないのか、2人はただただホッとしたような安らかな顔をしている。
「いいなあ。お互い大事って思い合えるのって」
歩の声のトーンが少しだけ落ちる。心優しい兄2人は顔を見合わせた。ここは俺らの出番だ、と。
「歩にはそういう奴、いねえの?」
「大事な人はいるけど、その人が同じ気持ちかは分からないよ……」
普段はふわふわしている歩が、深刻な顔をしている。
「伝えてみればいいんじゃねえの?」
神田は歩の傍まで行ってそっと頭を撫でる。
「2人みたいに上手くいくかな」
——上手くいってるかは、分かんねえもんだな
神田は心の中でそう呟くと、歩の頭をポンポンと優しく叩いた。しばらくそうしていると楽屋の扉が開き、郁斗と西園寺が姿を見せた。
「え、何してんのー」
ニコニコと可愛い顔をした郁斗が、一直線に歩と神田の元へやって来て歩の頭を撫で始めた。神田の手を追い払うように。
途端に耳だけ赤くして静かにほほ笑んだ歩を見ると、どこかの何かがピンときた。神田は読み取りにくい歩の感情の機微を少しだけ感じ取る。
——……俺もあんな顔してんのかな
いや、そんな可愛いはずがない。神田は自嘲気味に笑った。