「やっぱり仲森くんと侑真くんのユニット曲入れたいよねえ」
会議室でタブレットを操作しながら、郁斗はそう呟いた。研修生グループにとってデビューまでの関門の1つ、ライブツアーが迫っていた。神田と郁斗はライブツアー全体の構成や演出を担当している。
「……は?」
「だから、2人のユニット曲。2人のパフォーマンス見たい人、沢山いるでしょ」
今の『SN―SKY』のファンの多くが仲森と神田2人を推している。昔からのファンも多い。
「2人の絡みが多いやつが良いから……これとか、あとこれ」
郁斗が楽しそうに提案した楽曲は、どれも大人っぽい恋愛の曲だ。
「もっとこう、ダンスナンバーでもいいんじゃねえの?」
「何言ってんの。ダンスは全員ので散々やるんだから、少人数とソロは歌とファンサメインにするんでしょ?それに、この系統は2人が一番適任」
郁斗は淡々とそう言った。確かに、高校生の年下3人にさせるにはマネージャーから怒られそうだ。
「それに、需要あるから。2人の絡み」
可愛い顔をずいっと寄せ、ニコリとほほ笑む郁斗。顔の造形も表情も可愛いのに、そこからは言い表せぬ圧力があった。郁斗はグループの中でもファンの需要を理解する能力に長けている。だから無下にもしづらい。
「俺的にはね、『melt violet』とかどう?」
——よりによってそれか
英詞が大半を占める『melt violet』。その内容は割り切った関係なのに恋心を抱いてしまう片想いの曲だ。
事務所外のアーティストにもカバーされている有名曲で、本家は勿論、『melt violet』を披露すると、そのアーティストやアイドルのファンに激震が走る、色気がふんだんにある楽曲である。
高校生のガキがなんて提案してんだ、と説教したい気分だが郁斗は大真面目である。
「……わかった、わかったよ」
神田は渋々了承し、仲森にその旨を伝えた。直接言うのは心労が過ぎるのでチャットで。あわよくば反対してくれないかと思ったが、「了解!」と一言だけ返ってきた。
——本当に分かってんのかな、この人
神田は冷ややかに思ったが、何も分かっていなかったのは神田も同じだった。
「……は?」
数日後。レッスン室で、神田は立ち尽くした。協力を依頼した演出家の言ったプランがあまりにも衝撃的だったので。
「つまり。『melt violet』の世界を2人で表現してほしい」
「だからソファーの上で絡んで歌えと?」
「そうじゃないと、観客から見えにくいだろう?モニターにも限界があるんだ」
当然のように言う彼に神田は従うしかなかった。この曲を自分で演出する自信もなかったので。
仲森は大丈夫なのか、と彼を横目で見ると真剣そうな顔つきで演出家の話を聞いている。仲森はアイドルとして生きるために全力な性質である。どれだけ巨大な壁も課題も、アイドルとして生きるためなら真っ直ぐに向き合う。神田に言わせればアイドルバカである。
もうどうにでもなれ、と神田は開き直ることにした。
神田は憑依型とまではいかないが、芝居をする時も歌をうたう時も役やイメージを自分の深いところまで完全に下ろす。この楽曲に関しては幸か不幸か役を下ろす必要がない。パフォーマンスに心配はなかった。
問題はその後だ。神田はしばらく役が抜けないタイプだ。一方、仲森は神田と違って切り替えの早いスイッチ型。
いつも必死で押さえつけている想いを全開にするので、曲が終わった途端に離れていく仲森に、一段と空虚感を覚えてしまう。それは、回を重ねるごとに深刻になっていった。
ツアーが始まってからは、特に。大阪の初日には曲終わりに涙を流し、名古屋公演の最終日ともなると、己の恋愛感情に完全に溺れた。
最後のワンフレーズを歌い終わり、2人で座っていたソファーから立ち去る仲森の腕を掴んでしまった。息をのむ仲森の声がマイクにのった。
「行かないで……」
咄嗟にマイクを外して紡がれた神田の言葉に、仲森はその場から動けなくなった。何も知らない郁斗や演出家らにはリアリティがあると絶賛されたが、神田は膨張していく恋愛感情に恐れを感じ始めていた。
会議室でタブレットを操作しながら、郁斗はそう呟いた。研修生グループにとってデビューまでの関門の1つ、ライブツアーが迫っていた。神田と郁斗はライブツアー全体の構成や演出を担当している。
「……は?」
「だから、2人のユニット曲。2人のパフォーマンス見たい人、沢山いるでしょ」
今の『SN―SKY』のファンの多くが仲森と神田2人を推している。昔からのファンも多い。
「2人の絡みが多いやつが良いから……これとか、あとこれ」
郁斗が楽しそうに提案した楽曲は、どれも大人っぽい恋愛の曲だ。
「もっとこう、ダンスナンバーでもいいんじゃねえの?」
「何言ってんの。ダンスは全員ので散々やるんだから、少人数とソロは歌とファンサメインにするんでしょ?それに、この系統は2人が一番適任」
郁斗は淡々とそう言った。確かに、高校生の年下3人にさせるにはマネージャーから怒られそうだ。
「それに、需要あるから。2人の絡み」
可愛い顔をずいっと寄せ、ニコリとほほ笑む郁斗。顔の造形も表情も可愛いのに、そこからは言い表せぬ圧力があった。郁斗はグループの中でもファンの需要を理解する能力に長けている。だから無下にもしづらい。
「俺的にはね、『melt violet』とかどう?」
——よりによってそれか
英詞が大半を占める『melt violet』。その内容は割り切った関係なのに恋心を抱いてしまう片想いの曲だ。
事務所外のアーティストにもカバーされている有名曲で、本家は勿論、『melt violet』を披露すると、そのアーティストやアイドルのファンに激震が走る、色気がふんだんにある楽曲である。
高校生のガキがなんて提案してんだ、と説教したい気分だが郁斗は大真面目である。
「……わかった、わかったよ」
神田は渋々了承し、仲森にその旨を伝えた。直接言うのは心労が過ぎるのでチャットで。あわよくば反対してくれないかと思ったが、「了解!」と一言だけ返ってきた。
——本当に分かってんのかな、この人
神田は冷ややかに思ったが、何も分かっていなかったのは神田も同じだった。
「……は?」
数日後。レッスン室で、神田は立ち尽くした。協力を依頼した演出家の言ったプランがあまりにも衝撃的だったので。
「つまり。『melt violet』の世界を2人で表現してほしい」
「だからソファーの上で絡んで歌えと?」
「そうじゃないと、観客から見えにくいだろう?モニターにも限界があるんだ」
当然のように言う彼に神田は従うしかなかった。この曲を自分で演出する自信もなかったので。
仲森は大丈夫なのか、と彼を横目で見ると真剣そうな顔つきで演出家の話を聞いている。仲森はアイドルとして生きるために全力な性質である。どれだけ巨大な壁も課題も、アイドルとして生きるためなら真っ直ぐに向き合う。神田に言わせればアイドルバカである。
もうどうにでもなれ、と神田は開き直ることにした。
神田は憑依型とまではいかないが、芝居をする時も歌をうたう時も役やイメージを自分の深いところまで完全に下ろす。この楽曲に関しては幸か不幸か役を下ろす必要がない。パフォーマンスに心配はなかった。
問題はその後だ。神田はしばらく役が抜けないタイプだ。一方、仲森は神田と違って切り替えの早いスイッチ型。
いつも必死で押さえつけている想いを全開にするので、曲が終わった途端に離れていく仲森に、一段と空虚感を覚えてしまう。それは、回を重ねるごとに深刻になっていった。
ツアーが始まってからは、特に。大阪の初日には曲終わりに涙を流し、名古屋公演の最終日ともなると、己の恋愛感情に完全に溺れた。
最後のワンフレーズを歌い終わり、2人で座っていたソファーから立ち去る仲森の腕を掴んでしまった。息をのむ仲森の声がマイクにのった。
「行かないで……」
咄嗟にマイクを外して紡がれた神田の言葉に、仲森はその場から動けなくなった。何も知らない郁斗や演出家らにはリアリティがあると絶賛されたが、神田は膨張していく恋愛感情に恐れを感じ始めていた。