一段と冷える季節がやってきた。郁斗はマネージャーの運転するハイエースの中から、賑わう街を見やる。暖かそうなコートに身を包んだ老若男女が、多種多様のショッパーを片手に行き交っている。
 乗っているハイエースは先ほどから進んでいない。
「間に合うとは思いますけど、これは入り時間過ぎるかも……」
 マネージャーは苛立たしげに腕時計を見つめた。
「じゃ、こっから歩いて行きますよ。これだけ後で楽屋に置いといてください」
 郁斗はコートを羽織り、学用品などが入った鞄から財布だけ取り出してマネージャーに渡した。
「え!?何言ってるんですか。桜木さんはもう……」
「大丈夫ですって」
 郁斗はそう言い残してハイエースの扉を開け、柵を跨いで歩道に入る。ケーキ屋の看板に書かれた『クリスマスフェア』の文字と、百貨店の扉近くに置かれた巨大なクリスマスツリーのおかげで人々がいつもより幸せそうに見える。
——もうそんな時期か……
 「早いものだなあ」と心の中で呟き、郁斗はフードを被った。
人の間を縫って路地裏に入り、しばらくすると目的地であるホテルが見えてきた。関係者通用口で警備員に許可証を見せ、待っていたスタッフについてホテル内を移動する。
 広いホテル内をしばらく移動すると、スタッフが「皆さん到着されていますよ」と、『SN―SKY 様』と書かれた張り紙のある扉を示した。
 郁斗はスタッフに礼を言って扉を開く。
「お疲れー。12月っていったって混み過ぎじゃ……何してんの」
 郁斗の目に、歩が神田の膝に座っている光景が飛び込んできた。西園寺は全く意に介さず弁当を食べている
 楽屋内の中央には宴会専用であろう大きな机があり、メンバーらの荷物が置かれている。郁斗はその中からファンクラブコンテンツ作成用のスマートフォンを掘り出し、カメラを起動させて2人の姿を撮った。
「はい、もういいでしょファンサ」
「何イラついてんの、郁斗」
 神田は挑発するように薄ら笑うと、歩の腹側に手を回す。
「は?歩降りて」
 郁斗が歩の腕を取った所で、楽屋の扉が開いて仲森が入ってきた。
「なんだ、楽しそうだなお前らー!!」
「……つまんねぇ」
 ニカニカと笑いながら仲森は神田の背中をバシバシと叩く。が、神田は口を尖らせてそっぽを向き、歩に回していた手を解いた。
——ふうん、そういうこと
 郁斗は歩の腕を離し、近くにあった椅子を引いた。そして、アイドルスイッチオン!
「仲森くん。お膝載せて?」
「おう!いいぜ」
 仲森は意気揚々として椅子に座り、膝を叩いた。そこに郁斗が座ろうとすると、神田が制止した。
「いや、ダメだろ……」
 神田はか細い声でそう言い、膝に乗ったままの歩を降ろした。
「じゃあ神田が座るかっ?」
「いや座んないし」
「だから言ったじゃん。仲森くんには効かないって」
 歩がそう言うと、神田は「だよなあ……」と項垂れた。
 郁斗が冷ややかに神田を見る一方で、仲森は頭の上に?を浮かべ歩と神田を交互に見ている。
——まあ、仲森くんも大概天然だもんねぇ
「郁斗、座んねえのか?」
「……いや、やっぱいいよ。侑真くん座らせてあげて」
「は!?おまっ」
 座らせたい仲森と座りたくない神田の攻防を横目に、郁斗は歩の手を引いて西園寺の元へ逃げた。
「翔太お疲れー」
「おつー。台本、読んどかなくていいのか?」
「あ、そうだった……」
 郁斗たち『SN―SKY』はこれから記者会見に臨む。明日、『SN―SKY』のデビューシングルが発売される。記者会見が終わったら、そのまま夜の生放送音楽番組に出演する予定だ。
 西園寺は弁当ガラをゴミ箱に捨てると、机に積まれた紙束の1つを取って郁斗に渡した。
「じゃあ1個前の俺からね。デビューシングルは表題曲に加え、メンバーの仲森と神田両名が作詞作曲を務めた『暁光より』も収録され——」
——あの2人がバラードねえ……
 2人の攻防はいつの間にか鬼ごっこに変わっていて、仲森は神田を壁際に追いやっていた。最年長の2人だが、メンバーの中で一番少年心を忘れていない2人だと郁斗は思う。
「郁斗、次」
 西園寺に肩を突かれ、慌てて台本を追う。
「えーっと……今回僕たちSN―SKYが事務所最速デビュー記録を更新できたのは、支えてくださるスタッフとファンの皆さまのおかげです。今後も沢山の人に笑顔と喜びを届けられるよう、精進して——」
 読み終えると、メンバーが郁斗の元へ集まっていた。全員、これまでで一番の晴れやかな顔だ。
 5人は同じ方向を見ている運命共同体だ。郁斗はそう確信している。