他の出演者の楽屋に、歩と2人並んで挨拶を済ませ劇場を後にした。
 赤い観覧車のあるファッションビルまで、電車に乗って向かっていると、マネージャーから1通のメッセージが届いた。「これ、本当ですか?」という文言と共に、1枚の画像が添付されていた。
 画像はSNSの呟きで、ファンによるものだった。
『さっき、千穐楽見学してた歩くんに遭遇したんだけど(客席外の廊下)、めっちゃ神対応だった♡周りの人気づいてなくてラッキーとか思ってたら、いっくんがすっごい顔して歩くん連れ去ってった!!え、これいくあゆ案件?1人じゃ抱えきれないから共有』
 その呟きには返信がついていて、同じくファンのものだった。
『それ私も見ました!!いくあゆって歩くんが甘えたな感じだと思ってたけど、実は郁斗くんの方が執着強い感じなんですかね?いずれにしてもいくあゆ尊い』
 早速SNSを開いてみると、誰かが盗撮したであろう動画や写真がバズっていた。マネージャーに「はい」とだけ返すと、「ほどほどにしてくださいね」と即刻返ってきた。
 ファッションビルに行く道中、溢れる若者の視線を避けるように軽く変装をして向かったものの、数名のファンに気づかれてしまった。郁斗も歩も、それまで学校外で話しかけられたり、握手を求められたりすることが少なかったから、知名度の上昇を肌で感じた。
 夜に差し掛かっているからか、ファッションビルの中は混雑していなかった。それでも観覧車は1時間待ちだった。
「服でも見る?あ、プリもあるじゃん」
 郁斗はファッションビルの地図を指さし、高めのテンションを作って歩に声を掛ける。
「じゃあ俺、服見よっかな~郁斗くん選んでよ」
「オッケー任せて」
 郁斗は内心ホッとした。ご飯はまともに喉を通るか分からないし、再び街に出るとマネージャーから注意されそうだった。
 9月前だからか、店頭には秋物の服が並んでいた。
 歩の私服はシンプルなものが多く、こういったファッションビルに入っているような店のものは少ない。対して郁斗はよく雑誌や店に行っては最新のファッションをチェックしている。時にはレディースファッションを見に行くこともある。
「あ、これとかは?あとこれも」
 郁斗がいつも行っているブランドの店舗に入り、オーバーサイズの白パーカーと茶色のガウチョパンツ、ロング丈のアウターの組み合わせを歩に提案してみる。
「これ?」
「そ。一回着てみて」
 歩を店舗奥にある試着室へと押し込む。しばらくすると遠慮がちに試着室のカーテンが開かれた。
「どう?」
——思った通り!
 秋らしい茶色と全体的にふんわりとしたシルエット、自在に動くアウターが歩らしい。白パーカーは歩の白い肌を際立たせている。
「良いじゃん!かわいい~」
 そう言うと歩はシャッと試着室のカーテンを閉めてしまった。
「あ、ありがと……じゃあ買おっかな」
 カーテンを隔てた向こう側から聞こえた歩の声に、郁斗は今2人がどのような状態に置かれているのかをまざまざと思い出す。
——軽率だったかな
 軽快なポップスの店内ミュージックが2人のぎこちなさを取り持っていた。