楽屋に入り、ドアが閉まると慌ただしいスタッフの声は途切れ、静寂が2人を包んだ。歩は郁斗が後ろを振り返らない内に声を出した。
「久しぶりだね」
「……なんで今日なの」
もっと早く、俺の舞台を見て欲しかったのに。そう思って振り返ると歩は困ったような顔で視線を逸らした。
「……途中で来て支障出たら、嫌だったから」
「そ、か」
「舞台、良かったよ。すっごくカッコよくてドキドキしちゃった」
「へへへ」と、何事もないかのように笑う歩は貼り付けたような顔をしている。綿毛なんて飛んでいない。それは紛れもなく己の所為であると、嫌でも自覚させられる。
何を話せばいいのか分からない。郁斗は手近にあったタオルを手に取った。
「あ、俺シャワー行かないと……」
郁斗は一時休戦だ、と心の中で呟いて楽屋の隣にあるシャワールームへ逃げ込んだ。
41度の湯を被りながら、郁斗は思った。シャワーを浴びる前に歩を迎えに行けて良かった、と。芸能人としての危険性だけでなく、郁斗個人の不快感情が喚起されて。
——ああ、俺はなにをしているんだ
温度調節ハンドルを勢いよく回し、頭を冷やした。
シャワーブースから出て着替え、タオルで髪を大雑把に拭きながら楽屋へ戻ると、窓際にあった椅子に腰掛けていた歩と目が合った。彼はパッと頬を赤らめ、すぐに視線を外した。
——あ……
歩の言っていた「そういう好き」は、こういう好きなのだと。瞬時に分かった郁斗は、心臓の辺りがドキリと疼くのを感じた。郁斗は何も言えなくなってしまった。
「どっか、遊びにでも行く?もう休む?」
沈黙に耐えられなくなったのか、歩はそう提案してきた。
この舞台の打ち上げは後日都内で行われる予定で、今日この後は何も予定がない。たまに夕食を共にしていた共演者たちは全員大人で、こんな日には子どもに気を遣わず飲んでほしいと、夕食も辞退していた。
——半分は歩は来るからだけど
「行きたいとこないの?この前の通天閣みたいに」
「うーん……。俺、確かに通天閣とか行きたかったけど、ぶっちゃけ郁斗くんとならどこでも良いんだよねえ。郁斗くんは?」
歩はまたそんなことを何気なく言う。郁斗自身を必要としているということを。そんな歩が、ずっと好きだったな、と郁斗は回想した。
今すぐここで、好きだと言ってしまいたい。しかし、ここはスタッフとはいえ大勢の人の目も耳もある。
「2人きりになりたい、な」
そう言うと、歩はみるみるうちに顔を真っ赤にした。かわいいなあ、とか郁斗が素直に思っていると、歩はスマートフォンを操作し郁斗に向けた。それはここから電車で10分としない距離にある若者向けファッションビルの、赤色の観覧車だった。
「ここは?」
「行きたいとこあるじゃん」
軽口を叩いてはみたものの、示された明らかなデートスポットに、郁斗は柄にもなく希望的観測をし始めていた。
「久しぶりだね」
「……なんで今日なの」
もっと早く、俺の舞台を見て欲しかったのに。そう思って振り返ると歩は困ったような顔で視線を逸らした。
「……途中で来て支障出たら、嫌だったから」
「そ、か」
「舞台、良かったよ。すっごくカッコよくてドキドキしちゃった」
「へへへ」と、何事もないかのように笑う歩は貼り付けたような顔をしている。綿毛なんて飛んでいない。それは紛れもなく己の所為であると、嫌でも自覚させられる。
何を話せばいいのか分からない。郁斗は手近にあったタオルを手に取った。
「あ、俺シャワー行かないと……」
郁斗は一時休戦だ、と心の中で呟いて楽屋の隣にあるシャワールームへ逃げ込んだ。
41度の湯を被りながら、郁斗は思った。シャワーを浴びる前に歩を迎えに行けて良かった、と。芸能人としての危険性だけでなく、郁斗個人の不快感情が喚起されて。
——ああ、俺はなにをしているんだ
温度調節ハンドルを勢いよく回し、頭を冷やした。
シャワーブースから出て着替え、タオルで髪を大雑把に拭きながら楽屋へ戻ると、窓際にあった椅子に腰掛けていた歩と目が合った。彼はパッと頬を赤らめ、すぐに視線を外した。
——あ……
歩の言っていた「そういう好き」は、こういう好きなのだと。瞬時に分かった郁斗は、心臓の辺りがドキリと疼くのを感じた。郁斗は何も言えなくなってしまった。
「どっか、遊びにでも行く?もう休む?」
沈黙に耐えられなくなったのか、歩はそう提案してきた。
この舞台の打ち上げは後日都内で行われる予定で、今日この後は何も予定がない。たまに夕食を共にしていた共演者たちは全員大人で、こんな日には子どもに気を遣わず飲んでほしいと、夕食も辞退していた。
——半分は歩は来るからだけど
「行きたいとこないの?この前の通天閣みたいに」
「うーん……。俺、確かに通天閣とか行きたかったけど、ぶっちゃけ郁斗くんとならどこでも良いんだよねえ。郁斗くんは?」
歩はまたそんなことを何気なく言う。郁斗自身を必要としているということを。そんな歩が、ずっと好きだったな、と郁斗は回想した。
今すぐここで、好きだと言ってしまいたい。しかし、ここはスタッフとはいえ大勢の人の目も耳もある。
「2人きりになりたい、な」
そう言うと、歩はみるみるうちに顔を真っ赤にした。かわいいなあ、とか郁斗が素直に思っていると、歩はスマートフォンを操作し郁斗に向けた。それはここから電車で10分としない距離にある若者向けファッションビルの、赤色の観覧車だった。
「ここは?」
「行きたいとこあるじゃん」
軽口を叩いてはみたものの、示された明らかなデートスポットに、郁斗は柄にもなく希望的観測をし始めていた。