現時点で決められることを全て決め終わると、年上3人は仕事があると言って早々に会議室を出て行った。レッスンに戻ろうかと歩と2人でレッスン室に戻ったものの、既にレッスンは終えられていて自分たちの荷物だけが残っていた。
「歩、ご飯でも食べてく?」
「う、うん!」
郁斗は歩をご飯に誘うことにした。
夜の飲食店街。一応顔が知られている身なので個室のレストランを選ぶ。小洒落た雰囲気の洋食屋だ。
「あの、郁斗くん。こんな高そうなとこ……」
歩が不安そうに聞く。
「え?ああ、ここそんな高くないよ。それに奢るし」
「え、でも……」
「いーの。一応先輩なんだしさ。たまにはそれっぽいことさせてよ」
そう言いながら立てかけてあったメニューを歩に渡す。彼はそれを受け取りながら、真っ直ぐ郁斗を見た。
「郁斗くんはいつも先輩らしいですよ……」
——え?
小さな声で紡がれた言葉に、郁斗は心にあかりが灯ったような気がした。
「もう、何言ってんの。それに敬語。俺でそんなだったら仲森くんへの敬語とれるの10年かかっちゃうよ」
「う、うん……」
それぞれの料理が運ばれてきて食べ始める。郁斗はカルボナーラ、歩はハンバーグ。歩はいつものふわふわした感じはなく、いかにも高校生男子らしい豪快な食べっぷりである。
郁斗は若干それに圧倒されながらも話を始めた。
郁斗が歩をご飯に誘ったのは、1つ話したいことがあったからだ。もちろん、グループの今後についての。
「2年以内にデビューできなきゃ解散って、実質俺らに対しての圧なんだと思う。『偉大な先輩の足を引っ張るな』って」
「俺も、そう思った」
「一応予想だけどね」
仲森と神田も、西園寺だって、それぞれコンビとソロですぐにでもデビューできる人材だ。あの3人でグループを組めば、最速デビューだってできると思う。
アルタイル・エンタープライズで、研修生グループが出来てからデビューまでの最短記録は1年6カ月だ。あの3人なら1年と言わず8カ月くらいでデビューしたっておかしくない。
これはどう考えても郁斗たちが足を引っ張る形になる。歩は期待の新星と言われているから大した問題ではないのかもしれないが。
あの3人が、未だ飛び抜けた何かがない俺を重荷に感じるかもしれない。郁斗は、社長に突っかかる神田を思い出す。彼も未だ無名の2人によってデビューが遠のくことに引っ掛かりを覚えたのではないだろうか。飛び抜けた速さで名前を売った彼にとって足踏みしている時間などない筈だ。
デビューできなければ、3人のデビューが最短でも2年長引いてしまう。それを避けるには、郁斗と歩が2年以内に3人のレベルまで歌やダンスだけでなく、全てを追い付かせなければならないのだ。
郁斗がそんな内容をかいつまんで話していると、歩がぽつりと呟いた。
「……俺ね、こうなったからには最短記録狙いたいんだぁ」
「え?」
ハンバーグの最後のひとかけらを飲み込むと、歩はなんでもないことのように話を続けた。
「最短が1年半でしょ?今6月後半だから来年の12月下旬ね。それより前に」
——いやいやいや
「本気で言ってんの?」
確かに3人がいるから可能性がない訳じゃない。でも、それにはファンたちやデビューを決める大人たちを納得させるほどに実力をつけなければならないということだ。
「本気だよ」
そう言って瞬きをした途端、歩の瞳の色が変わった。
その瞳に、俺は釘付けになった。
郁斗は思い出した。歩のファンが「普段は天然だけど、気持ちがノるとオーラがすごい」と言っていたことを。レッスンの講師が「練習の時は危なっかしいけど、本番になると良い顔をする」と言っていたことを。
「そのためには全員を蹴散らす勢いでしないとねえ」
そう言った歩には闘争心がみなぎっていた。タンポポの綿毛は消え去ってしまった。
——なーんだ、この子にも闘争心あるんじゃん
自分があざとかわいいキャラであることも忘れ、口角が上がるのを感じる。ただの天才だと思っていたが、そんなことはなかった。それ以上だ。
「なーんてね、って……ああ、やば」
気の緩んだ歩の手がお冷のグラスに触れ、机が水浸しになってしまう。先ほどのオーラはどこへやら、あたふたと周りを見渡す歩は別人のようだった。
「……あーもう。歩は……」
郁斗は机に備え付けてあった呼び出しボタンをそっと押した。
「歩、ご飯でも食べてく?」
「う、うん!」
郁斗は歩をご飯に誘うことにした。
夜の飲食店街。一応顔が知られている身なので個室のレストランを選ぶ。小洒落た雰囲気の洋食屋だ。
「あの、郁斗くん。こんな高そうなとこ……」
歩が不安そうに聞く。
「え?ああ、ここそんな高くないよ。それに奢るし」
「え、でも……」
「いーの。一応先輩なんだしさ。たまにはそれっぽいことさせてよ」
そう言いながら立てかけてあったメニューを歩に渡す。彼はそれを受け取りながら、真っ直ぐ郁斗を見た。
「郁斗くんはいつも先輩らしいですよ……」
——え?
小さな声で紡がれた言葉に、郁斗は心にあかりが灯ったような気がした。
「もう、何言ってんの。それに敬語。俺でそんなだったら仲森くんへの敬語とれるの10年かかっちゃうよ」
「う、うん……」
それぞれの料理が運ばれてきて食べ始める。郁斗はカルボナーラ、歩はハンバーグ。歩はいつものふわふわした感じはなく、いかにも高校生男子らしい豪快な食べっぷりである。
郁斗は若干それに圧倒されながらも話を始めた。
郁斗が歩をご飯に誘ったのは、1つ話したいことがあったからだ。もちろん、グループの今後についての。
「2年以内にデビューできなきゃ解散って、実質俺らに対しての圧なんだと思う。『偉大な先輩の足を引っ張るな』って」
「俺も、そう思った」
「一応予想だけどね」
仲森と神田も、西園寺だって、それぞれコンビとソロですぐにでもデビューできる人材だ。あの3人でグループを組めば、最速デビューだってできると思う。
アルタイル・エンタープライズで、研修生グループが出来てからデビューまでの最短記録は1年6カ月だ。あの3人なら1年と言わず8カ月くらいでデビューしたっておかしくない。
これはどう考えても郁斗たちが足を引っ張る形になる。歩は期待の新星と言われているから大した問題ではないのかもしれないが。
あの3人が、未だ飛び抜けた何かがない俺を重荷に感じるかもしれない。郁斗は、社長に突っかかる神田を思い出す。彼も未だ無名の2人によってデビューが遠のくことに引っ掛かりを覚えたのではないだろうか。飛び抜けた速さで名前を売った彼にとって足踏みしている時間などない筈だ。
デビューできなければ、3人のデビューが最短でも2年長引いてしまう。それを避けるには、郁斗と歩が2年以内に3人のレベルまで歌やダンスだけでなく、全てを追い付かせなければならないのだ。
郁斗がそんな内容をかいつまんで話していると、歩がぽつりと呟いた。
「……俺ね、こうなったからには最短記録狙いたいんだぁ」
「え?」
ハンバーグの最後のひとかけらを飲み込むと、歩はなんでもないことのように話を続けた。
「最短が1年半でしょ?今6月後半だから来年の12月下旬ね。それより前に」
——いやいやいや
「本気で言ってんの?」
確かに3人がいるから可能性がない訳じゃない。でも、それにはファンたちやデビューを決める大人たちを納得させるほどに実力をつけなければならないということだ。
「本気だよ」
そう言って瞬きをした途端、歩の瞳の色が変わった。
その瞳に、俺は釘付けになった。
郁斗は思い出した。歩のファンが「普段は天然だけど、気持ちがノるとオーラがすごい」と言っていたことを。レッスンの講師が「練習の時は危なっかしいけど、本番になると良い顔をする」と言っていたことを。
「そのためには全員を蹴散らす勢いでしないとねえ」
そう言った歩には闘争心がみなぎっていた。タンポポの綿毛は消え去ってしまった。
——なーんだ、この子にも闘争心あるんじゃん
自分があざとかわいいキャラであることも忘れ、口角が上がるのを感じる。ただの天才だと思っていたが、そんなことはなかった。それ以上だ。
「なーんてね、って……ああ、やば」
気の緩んだ歩の手がお冷のグラスに触れ、机が水浸しになってしまう。先ほどのオーラはどこへやら、あたふたと周りを見渡す歩は別人のようだった。
「……あーもう。歩は……」
郁斗は机に備え付けてあった呼び出しボタンをそっと押した。