公演期間の半分を過ぎた所で、郁斗は奈落の底にいるようなネガティブ思考に陥っていた。チケットが完売しなくなった。
 初日と、それから数日は会場外の入口付近に「満員御禮」の看板が出ていたのだが、それがない日が出始めた。それは今の郁斗の知名度や期待度を含む実力が如実に出ていた。今日は昼も夜も看板が出なかった。
 それでも、メンバーが見に来てくれたのが幸いだった。
 初日に、西園寺が来た。旅行番組の京都ロケのついでに来たらしく、八ツ橋を差し入れられた。1週間経って、仲森が来た。3週間ぶっ通しのドラマ撮影が終わり、3日間のオフが貰えたらしい。その3日後には神田が来た。1日しかないオフの日を使ったと言って、昼公演を観たらすぐに新幹線に乗って帰っていった。
 しかし歩は、まだ来ない。
 俺の気持ちなど知らず、過ごしているのだろうか。
 郁斗は、舞台を追うごとに歩への想いが募っていった。フレデリックがベアトリスを可愛らしく思う気持ちや、放したくない気持ちが公演をする度に重なっていた。
 今日、演出家に「ちょっと悲壮感が強くなっていってない?」と指摘されてしまった。「それも良いんだけどね」と彼は言ったが、芝居に影響を及ぼしてしまった。
 そんな夜、寝る前にスマートフォンを見るとファンクラブの更新通知が届いていた。タイトルは『俺らのあざと番長へ!!!!!』
「……俺?」
 開くと、そのタイトル以外に言葉はなく動画だけが投稿されていた。再生ボタンをタップすると、会議室にメンバー4人がギュッと固まって座っていた。
「郁斗ー!!舞台頑張れよ!」
 仲森が隣にいる神田にぶつかる勢いで手を振る。そんな仲森を愉快そうに笑う神田も、茶化すような視線を向ける。
「かわいいは封印しろよー。イケメン王子様なんだから」
「舞台、俺らも見たけどすごい良かったよね?」
 西園寺が年上2人に話を振ると、2人は大きく頷いた。
「マジで感動したわー芝居上手くなってたし」
「歩も早く観に行けよー」
 それまで黙っていた歩は、ハッとして頷く。
「う、うん。ちょっと予定ついたら絶対行くねー!」
 なんでもない顔をして、歩も手を振る。連続のドラマ出演の成果だろうか、彼も大概芝居が上手くなったようだ。動画はそれだけ言って終わった。
「やば」
 郁斗はホテルの洗面所に急ぎ、アメニティのタオルを濡らした。よく絞った後それを目に当てた。
——明日大丈夫かなあ……
 しばらくして、郁斗はグループチャットに「泣かせるなあ~」とだけ送った。愉快なスタンプが4つ返ってきた。