郁斗の身に起こったことなどそっちのけで時は過ぎる。衣装を着て、メイクを済ませると、桜木郁斗からフレデリックのキャラへと移行する。恋愛感情だけを持ったまま。
 満員の中、舞台の幕が上がった。
「ベアトリス……!可愛い!どうして貴女はそんなに愛らしいのでしょう……!」
——歩……
「お待ちください。どこへ行くのですか」
——どこにも行かないで
「私は貴女の傍にいたいのです……!たとえこの身を捨ててでも」
 降り注ぐスポットライトの熱が、郁斗のボルテージを押し上げていく。
——ねえ、歩
「この胸の高鳴りを、どうして良いか分からないのです」
——俺は隣にいていい?
 郁斗は自分の想いを芝居にぶつけた。自分の身体とフレデリックとしての動きがぴったりと合っていくような感覚がした。
 公演が終わると、すぐに演出家に呼ばれた。
「桜木くん、どうしたの!?昨日より真に迫っているじゃないか。始まったら変わるタイプだっけ?」
「いやあ……」
 楽屋のソファーにどっかりと座り手を叩いて喜ぶ演出家に、郁斗は曖昧な笑みを見せる。本当のことは言えない。ただ自分の恋愛感情を自覚しただけだ、なんて。
 早く、歩にも俺の芝居を観てほしい。郁斗はカーテンコールの挨拶をする度に歩が来る日を楽しみにした。