「……ということなんですけど……」
 出所は伏せ、メンバーの言っていた「恋愛とは何か」を演出家に伝えると、満足そうに頷いた。
「そこまで聞けたなら十分だ。もう一度、王子と向き合ってみなさい」
 具体的なアドバイスが聞けるかと思えば、返事はそれだけだった。あの中のどれを参考にすれば良いというのか。冷静に考えたら一択だが、郁斗はどうしてもそれが嫌だった。
 もう一度、台本と向き合ってみるしかない。
 作中、ベアトリスにフレデリックは何度も「可愛い……!」と密かに想いを募らせていく。それは単に見た目だけではなく仕草や考え方といったものに対しても「可愛い」と感じ、時には悶え苦しんでいる。
 その姿に、歩に対する自分の姿が重なった。
 郁斗は歩が何をしてもかわいいと思っていた。時には噛みつき、強く触れたいという激情を伴って。それをどうにか抑えるその姿が、フレデリックの悶え苦しむ姿と似通っているとしたら。
——ダメだ……でも、これだ
 郁斗は行商人の女性を歩に重ねることにした。
「行かないで!どうか傍にいさせてください、ベアトリス……」
 今までが嘘のようにセリフがスラスラと出てくる。
 呼吸は乱れ、気づいたら涙が出ていた。