体調も回復し、歌稽古もコツを掴めた頃。キャスト全員揃っての全体稽古が始まった。しかし、郁斗は再び壁に当たっていた。
 演出家曰く、「恋をしているように見えない」と。
 郁斗が今回演じる舞台は、中世ヨーロッパ時代の話だ。
 国王の第一王子で、自分のおかれた地位の高さやその重責に悩むフレデリックが、お忍びで城下町に行った際に出会った気ままな行商人の女性、ベアトリスと恋をする話。この作品には原作の漫画があり、王子が行商人の女性を溺愛するシーンに根強い人気がある。
 幼い頃に行商人の一段に拾われて育ったベアトリスは、愛くるしい笑顔が特徴。そんな彼女にフレデリックは一目惚れし、何度も城下町を訪れてはベアトリスに会いに行くようになる。
 そんなフレデリックの健気な恋心を表現しなければならない。
「桜木くん。アイドルにこんなことを聞くのもアレなんだが……恋愛が何か分かるかい?」
「……誰かを好きになること、ですか?」
「まあそうなんだけど。君はまだ、それが分かっていないように見えるんだ」
「すみません」
 肩を落とす郁斗に、演出家は「いやいや」と手を振る。
「よし、次回までの宿題だ。周りにいる人たちに『恋愛とは何か』を聞いてきなさい。そして、語り手の表情をよく観察するんだ」
「……はい」
——周りにいる人か
 高校のクラスメイトなら、それなりに恋愛経験を積んでいる人もいるだろう。が、それを聞いたらいらぬ噂が飛びそうだ。
 選択肢は狭まっていった。