「ほんっとうに、怖かったんだからね」
「ごめん……」
東京とはいえ静かになった夜道に、2人の声が響く。
郁斗を支えるように隣を歩く歩は、頬をぷくぷく膨らませて怒っている。郁斗は反省しつつもかわいいなあと密かに癒されていた。
「体調戻るまで、俺が郁斗くんのお世話するから」
「ええ……歩が?」
推しに世話をされる自分。……解釈違いだ。危なっかしい歩にそんなことをさせるのは単純に怖い。
「俺だってお世話とかできるもん」
——いや、「もん」って……
仮にも成人近い男が言うようなセリフじゃないでしょ……。自分のことを棚に上げてそう思う。それでもかわいいのだから仕方がない。歩なら何でも許してしまいそうになる自分が怖い。
「……ねえ。郁斗くんって、俺のことどう思ってんの?」
——何だ?その質問
子ども扱いされていると思ったのだろうか。それとも第三者から見た自分の見え方でも気になったのだろうか。
「どうって……」
メンバー、同級生、仲間。2人の関係は色々ある。
それから郁斗にとって歩は推しでもある。これは郁斗だけが知っている秘密だから、言えない。
一番、第三者目線で言うなら何だろうか。
「世話の焼ける双子、とか」
「双子……そっかあ」
歩は何故か悲しそうな、諦めたような表情を見せた。
双子アピール、本当は嫌だったのだろうか。もし嫌だとなれば、残念だがこれは止めなければならない。
「双子も嫌じゃないけど……うん、まあ良いか」
そんなことを話していたら、郁斗の住むマンション前に着いてしまった。
「そういえば歩、ここからどうやって帰るの?終電ないでしょ。泊っていく?」
ここから歩の家までは電車で5駅くらいある。歩けない距離ではないが、この時間帯の一人歩きは誰でも怖い。
「泊まっ……!ううん……親に迎えに来てもらうから、大丈夫」
「そか。じゃ、お疲れー」
未だふらつく足取りでマンションの中に入ろうとすると、歩もついてきた。
「心配だし危ないから、部屋まで行くよ」
歩は郁斗の腰に手を回し、支えるように歩き出した。
事務所の支援があるとはいえ贅沢はできないので、郁斗の部屋は小さなワンルームだ。かろうじて外からは見えない造りだが、築年数はかなりある。
エレベーターに乗って最上階まで。その一番奥が俺の部屋だ。
「ここ?」
「うん」
歩に支えられたまま、郁斗は鞄から鍵を出してドアを開ける。
「俺、電気つけるね」
歩が素早く中に入り、玄関と洋室の電気をつける。が、ここで郁斗は嫌な予感がした。
——何か、忘れているような気が……
「ねえ、これなに?」
廊下を抜けて洋室に入り、歩の指さす先を見ると、彼のアクリルスタンドと雑誌の切り抜きやオフショットを纏めたファイルがあった。
——…………終わった
いつの日か社長室に呼ばれた時のような冷や汗が、だらりと首筋を這う。微熱でクラクラしていた脳がぶるりと震えた。
昨日の夜、寝る前にファイルを眺めたのをそのままにしていたせいで、中は完全に見えている。
「へえー!これ全部俺!?こんな小さいのまで……すごーい」
どうしよう。どうする?シラを切るか?いや無理だ。歩は完全にファイルを捲っている。熱のせいか、良い言い訳も思いつかないし、身体の動きも鈍い。そこでふと、先ほどの己の発言を思い出す。
「あ、その違うから……泊っていくっていうのは変な意味じゃなく」
どさくさに紛れて推しを家に泊めようとしたとか、そんなのでは決してない。断じて。その誤解だけはされたくなかった。
「え?……え!……いやいや」
「……ん?」
「え?」
——??
歩は顔を赤らめたり難しい顔をしたりと百面相した後、頭に?を浮かべている。郁斗もそんな態度の歩に疑問を感じ始めていた。
何か、すれ違っている。ような。
「ご、ごめん。こんな……勝手に、沢山」
ここはまず謝っておくべきだ。身近に自分の隠れファンがいるというのは、人によっては恐怖を覚えることだってある。
「え?全然良いよー。俺も郁斗くんのこと好きだもん」
——好き?
「そりゃあ、推しなんだから好きに決まってるけど……」
まさか、歩も俺のファンなのか?という考えが郁斗の脳裏を過った。いやまさか。
「推し?ああ、そっか……ありがとね」
パッと明るくなった顔が曇り、歩は俯いてファイルを閉じた。
歩のその表情の意味が、分かるようで分からなかった。いや、全く見えていなかった。
「ごめん……」
東京とはいえ静かになった夜道に、2人の声が響く。
郁斗を支えるように隣を歩く歩は、頬をぷくぷく膨らませて怒っている。郁斗は反省しつつもかわいいなあと密かに癒されていた。
「体調戻るまで、俺が郁斗くんのお世話するから」
「ええ……歩が?」
推しに世話をされる自分。……解釈違いだ。危なっかしい歩にそんなことをさせるのは単純に怖い。
「俺だってお世話とかできるもん」
——いや、「もん」って……
仮にも成人近い男が言うようなセリフじゃないでしょ……。自分のことを棚に上げてそう思う。それでもかわいいのだから仕方がない。歩なら何でも許してしまいそうになる自分が怖い。
「……ねえ。郁斗くんって、俺のことどう思ってんの?」
——何だ?その質問
子ども扱いされていると思ったのだろうか。それとも第三者から見た自分の見え方でも気になったのだろうか。
「どうって……」
メンバー、同級生、仲間。2人の関係は色々ある。
それから郁斗にとって歩は推しでもある。これは郁斗だけが知っている秘密だから、言えない。
一番、第三者目線で言うなら何だろうか。
「世話の焼ける双子、とか」
「双子……そっかあ」
歩は何故か悲しそうな、諦めたような表情を見せた。
双子アピール、本当は嫌だったのだろうか。もし嫌だとなれば、残念だがこれは止めなければならない。
「双子も嫌じゃないけど……うん、まあ良いか」
そんなことを話していたら、郁斗の住むマンション前に着いてしまった。
「そういえば歩、ここからどうやって帰るの?終電ないでしょ。泊っていく?」
ここから歩の家までは電車で5駅くらいある。歩けない距離ではないが、この時間帯の一人歩きは誰でも怖い。
「泊まっ……!ううん……親に迎えに来てもらうから、大丈夫」
「そか。じゃ、お疲れー」
未だふらつく足取りでマンションの中に入ろうとすると、歩もついてきた。
「心配だし危ないから、部屋まで行くよ」
歩は郁斗の腰に手を回し、支えるように歩き出した。
事務所の支援があるとはいえ贅沢はできないので、郁斗の部屋は小さなワンルームだ。かろうじて外からは見えない造りだが、築年数はかなりある。
エレベーターに乗って最上階まで。その一番奥が俺の部屋だ。
「ここ?」
「うん」
歩に支えられたまま、郁斗は鞄から鍵を出してドアを開ける。
「俺、電気つけるね」
歩が素早く中に入り、玄関と洋室の電気をつける。が、ここで郁斗は嫌な予感がした。
——何か、忘れているような気が……
「ねえ、これなに?」
廊下を抜けて洋室に入り、歩の指さす先を見ると、彼のアクリルスタンドと雑誌の切り抜きやオフショットを纏めたファイルがあった。
——…………終わった
いつの日か社長室に呼ばれた時のような冷や汗が、だらりと首筋を這う。微熱でクラクラしていた脳がぶるりと震えた。
昨日の夜、寝る前にファイルを眺めたのをそのままにしていたせいで、中は完全に見えている。
「へえー!これ全部俺!?こんな小さいのまで……すごーい」
どうしよう。どうする?シラを切るか?いや無理だ。歩は完全にファイルを捲っている。熱のせいか、良い言い訳も思いつかないし、身体の動きも鈍い。そこでふと、先ほどの己の発言を思い出す。
「あ、その違うから……泊っていくっていうのは変な意味じゃなく」
どさくさに紛れて推しを家に泊めようとしたとか、そんなのでは決してない。断じて。その誤解だけはされたくなかった。
「え?……え!……いやいや」
「……ん?」
「え?」
——??
歩は顔を赤らめたり難しい顔をしたりと百面相した後、頭に?を浮かべている。郁斗もそんな態度の歩に疑問を感じ始めていた。
何か、すれ違っている。ような。
「ご、ごめん。こんな……勝手に、沢山」
ここはまず謝っておくべきだ。身近に自分の隠れファンがいるというのは、人によっては恐怖を覚えることだってある。
「え?全然良いよー。俺も郁斗くんのこと好きだもん」
——好き?
「そりゃあ、推しなんだから好きに決まってるけど……」
まさか、歩も俺のファンなのか?という考えが郁斗の脳裏を過った。いやまさか。
「推し?ああ、そっか……ありがとね」
パッと明るくなった顔が曇り、歩は俯いてファイルを閉じた。
歩のその表情の意味が、分かるようで分からなかった。いや、全く見えていなかった。