夢を見ていた。
 歩がどこかに行ってしまう夢を。隣には女の子を連れて、幸せそうに。いつも面倒を見ていた郁斗の傍を離れて。
 それが明日のことか、10年後のことは分からないけれど、郁斗はそれがどうしようもなく嫌だった。
 目が覚めると、そこは静かな病院だった。片方の腕には点滴が繋がれ、もう片方の手は歩が握っていた。彼は見覚えのない上着を被りコクコクと舟を漕いでいるので、深夜だろうか。
——綺麗な寝顔
 本来ならスマホで撮って永久に保存したいところだが、両手の自由が利かない。
 それに上着を羽織っているとはいえ、この深夜に歩をこのままにしておいたら風邪をひいてしまうかもしれない。
「歩……?」
 繋がれた手を引っ張ると、歩はゆっくりと目を開いた。郁斗に気づくと、ふわりと笑った。
「郁斗くん、気分どう?」
「あれ、俺……」
「過労からくる熱だって。点滴終わったら帰って良いってさ……あ」
 歩は羽織っている上着に気づくと慌てた様子で病室を出て行った。
「……っあ!」
——行かないで……!
 すがるような想いは心の中で空中分解した。自分がどうしてそんな気持ちになっているのか分からず、混乱した。ただでさえ熱を出した郁斗の頭はショート寸前だ。
 歩はすぐに戻って来た。顔を真っ青にした神田を連れて。
「侑真くん……」
「お前っ!」
 存外大きくなった声に、神田自身も驚いたのか慌てて口に手を当てた。
「……悪い。神田もオンジーも心配してた。2人は明日早いから帰ったけど……っと、俺もヤベエ。歩、送ってやれるか?」
「あ、うん」
「よし。じゃあ体調回復するまで稽古もレッスンも禁止な。マネージャーにももう通してある」
 歩から受け取った上着を畳みながら、神田はそう言った。
「え?」
「『え?』じゃねえ。今は休むことが最優先だ。身体が良くならなきゃ、芝居も歌もパフォーマンスも何も良くなんねえよ」
 郁斗は歩に目くばせすると、彼は驚いたように「言ってない」とでも言うように首を振った。
「やっぱり何か悩んでたか。みんな気づいてたぞ。言いたくないなら言わんで良いが、もう少しメンバーを頼れ。徐々にで良いから」
 神田はそう言い残して病室を出ていった。
「『倒れた』って連絡したら、すんごい勢いで来たんだよね。侑真くん」
「あの侑真くんがね……」
 彼は口も悪いし変なノリをするが、あれでいてメンバー想いらしい。きっと本人は絶対に認めないだろうが。
「もうすぐ点滴終わるね。看護師さん呼んでくるー」
 歩は立ち上がって病室を出て行った。その姿を追うと、郁斗は無意識に手を伸ばしていた。
 熱のせいで弱気になっているのだろうか。歩が離れるだけでさみしい。気が付くと涙まで出ていた。
「大丈夫?」
「ああ……欠伸だよ」
 看護師を連れて戻って来た歩に問われ、嘘をついた。その理性だけは残っていた。
「はい、もう大丈夫ですね。気を付けてお帰りください」
 看護師によって点滴が外され、郁斗は自由の身となった。身体は軽くなったはずなのに、心は重たいままだ。