「で、今後のことだけど。まず、リーダーは誰にする?」
 会議室のホワイトボードに「リーダー」と書きながら仲森が尋ねる。郁斗たち4人は、会議室に置いてあった椅子だけ引っ張ってきてホワイトボードと向かい合った。
 この事務所に所属する殆どのグループにはリーダーがいる。大抵の場合、グループ全員を引っ張る熱量のある人がリーダーをしている。
「お前でいいんじゃね?」
 神田が静かに答え、仲森は「そうか?」と全員を見渡す。
「3人も意見言ってくれて良いんだぞ」
——意見と言われても
 こんな地位のある先輩に何を言えばいいというのか。せめて言うなら、同じくらい売れている西園寺くらいではないか。
 チラッと西園寺の方を見ると、彼もまた困ったような顔をしていた。
「俺も、賢くんが良いと思います。俺はそういうの苦手ですし。郁斗は?」
「俺も異論ないです。ね?」
 隣に座る歩に声を掛ける。が、歩は虚空を見つめている。もう一度声を掛けて肩を叩くと、やっとこちら側に戻ってきた。
「あ……え?」
——この子、話聞いてなかったな……
「リーダー、仲森さんで良いよね?」
「あ、はい。もちろん」
 仲森は「そうか……」と何やら考えるとコクリと頷いた。
「分かった。じゃ、俺がリーダーで。それで……こういうのは俺から言った方が良いと思うんだけど」
 仲森は何やら言い淀んでいたが、意を決した様子で話し始める。
「その、敬語やめないか?グループなんだし、さん付けもやめてさ」
——え?敬語を、やめる?
 グループを組む話をされてからずっと頭がフリーズしていて、やっと正常に戻ってきたかという所にまた訳の分からない話が入って来た。
 同い年で同じ誕生日の歩が郁斗に敬語を使うほど、上下関係がハッキリした場であるというのに。同じグループになっただけで変えてしまっても良いのだろうか。郁斗の疑問をよそに、神田は「おー、確かに」と頷いている。
「それもそうだな。な、郁斗、オンジー?」
 神田が軽くそう言い、郁斗は先ほどまでの考えを撤回した。
 郁斗は思い出した。後輩である神田が俺に敬語を使ったことなど無かった、と。
 年上だし、ぶっきらぼうだが実力は確かだったからか、そのことに違和感を覚えていなかった。それは他の人もそうだろう。それでいて彼は人の懐に入るのが上手く神田を良く思う人は多いのだから不思議だ。
 郁斗は先輩には漏れなく敬語を使うし、他の研修生たちもそうだ。そういう意味で神田は異質だった。そんな彼が王道アイドルの道を行く仲森と良いコンビになれたのは何故なのだろうか。
「そうだね。呼び方も変えよ。俺のことは名前で呼んで?あ、ファンの子は『いっくん』とか『いくちゃん』って呼んでいるから、それでも良いよ~」
 アイドルモード、スイッチオン。イレギュラーにはキャラを作ってしまう方が郁斗にとって効率的だった。
 ニコニコ笑いながら歩の方を向く。
「歩は?歩でいい?」
「あ、はい……」
「ほら、タメでいこ?」
「……うん」
 歩はこの空気に上手く馴染めないのか口数が少ない。
「君が去年入った期待の新星か?」
 仲森が歩に近づき、歩をまじまじと見つめる。そんな彼を「怖がるだろ」と神田が窘めた。
「あ、う、うん。去年入りまし……入った……」
——敬語を抜くの、大変そうだなあ
 なんせ今まで会う人全員に敬語を使っていたのだから。今年はまだ誰も新しく事務所に入っておらず、歩の後輩は誰もいない。そんな歩にとって、研修生のトップに立つ仲森に敬語を使わないというのは至難の技だ。
 それは仲森自身もよく分かっているようで、困ったように笑った。
「まあ、敬語は段々外してくれて良いからさ!よろしくな、歩。郁斗、西園寺も」
「いや賢くんさ、何で俺だけ苗字呼び?」
「ん?その方が華があるだろ?神田のことだって苗字呼びだし」
 仲森は当然のように言ってニカッと笑う。仲森と西園寺は仕事を共にすることが多かったらしく、先輩後輩を超えて仲が良い。仲森のことを「賢くん」と呼ぶのは西園寺だけだ。
「それに、この2人は可愛い感じだから名前呼びの方が合っているんじゃないか?」
「ああ。年下2人は可愛い系だよな」
 神田も仲森に同調する。
 すっかり意識の外にあったが、このグループでは郁斗の懸念点は解消されていた。
 仲森、神田、西園寺はどちらかというと男らしい顔立ちとキャラをしている。そのため、かわいいキャラが2人いても比率的には問題ない。そして一番年下であることも幸いだった。
「えー?嬉しいなぁ」
——なおさら、俺はあざとい方向に振り切らないと
 歩の天然かわいさは彼の中から自然に溢れているものだ。それと区別を付けなければならない。
「ま、郁斗は俺のこと翔太って呼ぶもんな?」
「ああ、うん。そうだね、翔太だったね」
 西園寺が郁斗の肩を叩く。
 彼をそう呼んでいたのはまだ事務所に入って時が浅かった頃のことだった。
 2人は仲の良い同期だった。自然と仕事が離れるようになってからは、そう呼ぶことも、そもそも話すことすら減ってしまっていたというのに、覚えていてくれたのか。郁斗は少しだけ嬉しくなった。
「俺のことも好きに呼んでくれて良いぜ。仲森は俺のこと苗字で呼ぶけど、オンジーは侑って呼ぶし」
 神田はふんぞり返ってそう言った。オンジーは西園寺から取っているのか。仲森が言っていた華の欠片もない。
——これでも、後輩なんだよなぁ
 さん付けはないにしても、年上相手に流石に呼び捨ては気が引ける。
「じゃあ俺は侑真くんって呼ぶね」
 本当はかわいらしく「ゆーくん」とか呼んでやりたかったけれど、あまりにも馴れ馴れしすぎて止めた。