酒は飲んでいないから、酒の臭いで酔ったのか場酔いでもしたのだろう。憑依型とは、周りの雰囲気をトレースしやすい体質なのかもしれない。いつも会話に入らずともニコニコと楽しそうにしている歩である。
 手洗いにでも行こうかとを廊下を進むが、誰かが嘔吐く音がしてやめた。
Uターンし、どこへ行こうかと辺りを見渡すと、元は喫煙所でもあったであろうスペースがあった。盛り上がる宴会からは死角の位置に。電灯1つないそこは、使わない障子や段ボールが雑然と積み上げられていた。
 2人は迷わずそこへ入った。
「大丈夫か?」
「うん……」
 歩は壁に身体を預け、その場に座り込んだ。
「郁斗くん……」
「ん?」
「郁斗くんの舞台ってさあ、その……ちゅー、とかしたりするの?」
 耳を真っ赤にした歩が突然そんなことを言った。
——え?本当に酔ってる?
「え?……まあ恋愛モノならそういうシーンもあるんじゃない?実際にはしないだろうから……」
 安心しろ、と言いかけて頭が真っ白になった。
——なんだそれ
 例えば、歩が出るドラマが恋愛モノで、彼自身が「キスシーンが不安」と言ったなら、「安心しろ」という言葉が出るのは何もおかしくない。これは、何だ?
——いや、馬鹿じゃん俺
 自分が酷く傲慢になったような気がした。
「そっかあ」
 顔を上げた歩はスッキリとした表情をしていた。
「そんなこと気にしてたの?公演の回数だけやってたら炎上するでしょ」
「そう、だよね……」
「落ち着いた?戻る?」
 手を差し出すと、しっかりと繋がれる。
 引き上げようとすると逆に、引っ張られてしまった。
「もうちょっと。郁斗くんとここにいる」
 「ダメ?」と聞かれて、断れるわけがない。かわいすぎる。
——やっぱり俺変だ
「ううん。かわいい歩と一緒にいてあげる」
 キャラを作っていないのに、勝手にそんな言葉が出てくる。自分が本心からそんなことを言うようになるなんて、思ってもみないことだ。
「へへ……嬉しいなあ」
 一度認めてしまえば、なんてことない話だった。歩をずっと見ていたいし、ずっと笑顔でいてほしい。何をしてもかわいいし、ステージに立つ彼には目を奪われる。
 けれど、俺なんかが近づいて穢したくない。
——歩は俺の推しなんだから