東京に帰ってふと、煌びやかなクリスマスの装飾が気になった。世間は恋人の季節で、研修生の中にも24日と25日はレッスンに来ない奴らだっているが、うちのメンバーはどうだろうか。
5年ほど前、仲森の写真がSNSで流出したことがあった。高校の教室で、クラスの女の子と喋っている盗撮写真だ。その女の子とは何も無かったそうだが、その1件で仲森は多数のファンを失い、当時所属していた研修生グループを脱退した。
その衝撃は、当時仲森と全く接点すらなかった頃の郁斗にも伝わってきた。
恐る恐るグループ内で共有されているそれぞれのスケジュール表を確認すると、年上3人は仕事が夜まで入っていた。
——そりゃそうか
クリスマスをオフにさせない事務所側の執念を感じないではないが、良いこととしよう。問題は歩だ。郁斗も歩も24日も25日もオフ。レッスンは通常通り。郁斗は無論レッスンに行くつもりだった。家族でクリスマスパーティーとか、そんなものはない。
いっそのこと自分に仕事が入っていてくれたら良かったと、郁斗は思った。
——どっちも来なかったら、それは……
「いやいや」と思い直す。別に、この事務所自体に恋愛禁止という契約事項はない。ファンや仕事が離れるだけで。歩もその重大さを理解しているとは思うが。
24日の朝になって、試しにご飯に誘ってみようかと思った。
結果は、半分振られた。
「今日はちょっと……あ、明日なら!」
歩は思っていた以上にショックを受けた。レッスンを終えるとすぐ、帰宅しベッドでうつ伏せになって声にならない唸りを上げるくらいには。顔を傾けて頬に枕をつけると、棚に置かれた歩のアクスタが目に入る。
「歩、何考えてんの……?」
考えをかき消そうとSNSを開くと、今日も元気なアイドルオタクたちの呟きが流れてくる。クリスマスケーキと共に郁斗や他のメンバーのアクスタを並べた写真や、オタク友達と共に数少ない郁斗の出演したドラマや舞台の映像を見ている人もいた。
スクロールしていくと、若干ポジティブではない呟きも出てくる。
『いくちゃんクリスマス何してるのかな~気になる(泣)』『郁斗くん仕事かな…?真面目だからレッスンかな?』
「……」
クリスマスに推しが何しているのかを気にするオタク。その構図に思い当たるものがある。
——……俺、歩のオタクじゃん!?
メンバーであり、同級生という関係なのに、いつの間にかファンになってしまったというのか。とんでもない事態だ。新しく入ったスタッフが実はファンだったということは往々にしてあるが、まさか。
目についた歩ファンの過去の投稿を閲覧すると、数々の歩のグッズ写真が出てきた。
人間というものは往々にして、衝撃を受けると普段はしないようなことをしてしまう。
若干の混乱と共に、郁斗は半ばヤケクソになりながらアルタイル・エンタープライズ公式オンラインショップのサイトを開き、『結城歩』と検索して出てきたグッズを全てカートに放り込み、決済まで完了させた。
自分へのクリスマスプレゼントということで、とお茶を濁す自分の心境の複雑さはもはや説明しようがなかった。『決済完了』の画面を意味もなく見ていると、ファンクラブの更新通知が入ってきた。
郁斗はメンバー自身だが、ファン目線で見るために『SN―SKY』のファンクラブに加入している。郁斗は今日まだ何も投稿していないから、メンバーの誰かだろう。
開くと、投稿者は歩だった。「家族と親戚でクリパしてるよ~」と。
「家族かい!!」
自分で発した声の大きさに驚きつつ、一緒に投稿された画像を見る。
通常の家のリビングにはおさまり切らない大きさのテーブルに並べられた、数々の料理。スタンプで顔を隠されているが、両親と弟妹と思しき家族写真。
——そういえばこの子すごい富裕層だったな……
初めて歩の家はどこか尋ねた時、彼の口から出たのは東京の中心地の富裕層が住むことで知られる町だった。当然、一軒家。
「あー、びっくりした……」
全身の力がドッと抜け、全身をベッドに投げ出す。冷たかった身体に血が通っていくのを感じる。
「何やってんのかな、俺」
視線の先にいるアクリルスタンドの歩は当然、返事を寄越さなかった。
5年ほど前、仲森の写真がSNSで流出したことがあった。高校の教室で、クラスの女の子と喋っている盗撮写真だ。その女の子とは何も無かったそうだが、その1件で仲森は多数のファンを失い、当時所属していた研修生グループを脱退した。
その衝撃は、当時仲森と全く接点すらなかった頃の郁斗にも伝わってきた。
恐る恐るグループ内で共有されているそれぞれのスケジュール表を確認すると、年上3人は仕事が夜まで入っていた。
——そりゃそうか
クリスマスをオフにさせない事務所側の執念を感じないではないが、良いこととしよう。問題は歩だ。郁斗も歩も24日も25日もオフ。レッスンは通常通り。郁斗は無論レッスンに行くつもりだった。家族でクリスマスパーティーとか、そんなものはない。
いっそのこと自分に仕事が入っていてくれたら良かったと、郁斗は思った。
——どっちも来なかったら、それは……
「いやいや」と思い直す。別に、この事務所自体に恋愛禁止という契約事項はない。ファンや仕事が離れるだけで。歩もその重大さを理解しているとは思うが。
24日の朝になって、試しにご飯に誘ってみようかと思った。
結果は、半分振られた。
「今日はちょっと……あ、明日なら!」
歩は思っていた以上にショックを受けた。レッスンを終えるとすぐ、帰宅しベッドでうつ伏せになって声にならない唸りを上げるくらいには。顔を傾けて頬に枕をつけると、棚に置かれた歩のアクスタが目に入る。
「歩、何考えてんの……?」
考えをかき消そうとSNSを開くと、今日も元気なアイドルオタクたちの呟きが流れてくる。クリスマスケーキと共に郁斗や他のメンバーのアクスタを並べた写真や、オタク友達と共に数少ない郁斗の出演したドラマや舞台の映像を見ている人もいた。
スクロールしていくと、若干ポジティブではない呟きも出てくる。
『いくちゃんクリスマス何してるのかな~気になる(泣)』『郁斗くん仕事かな…?真面目だからレッスンかな?』
「……」
クリスマスに推しが何しているのかを気にするオタク。その構図に思い当たるものがある。
——……俺、歩のオタクじゃん!?
メンバーであり、同級生という関係なのに、いつの間にかファンになってしまったというのか。とんでもない事態だ。新しく入ったスタッフが実はファンだったということは往々にしてあるが、まさか。
目についた歩ファンの過去の投稿を閲覧すると、数々の歩のグッズ写真が出てきた。
人間というものは往々にして、衝撃を受けると普段はしないようなことをしてしまう。
若干の混乱と共に、郁斗は半ばヤケクソになりながらアルタイル・エンタープライズ公式オンラインショップのサイトを開き、『結城歩』と検索して出てきたグッズを全てカートに放り込み、決済まで完了させた。
自分へのクリスマスプレゼントということで、とお茶を濁す自分の心境の複雑さはもはや説明しようがなかった。『決済完了』の画面を意味もなく見ていると、ファンクラブの更新通知が入ってきた。
郁斗はメンバー自身だが、ファン目線で見るために『SN―SKY』のファンクラブに加入している。郁斗は今日まだ何も投稿していないから、メンバーの誰かだろう。
開くと、投稿者は歩だった。「家族と親戚でクリパしてるよ~」と。
「家族かい!!」
自分で発した声の大きさに驚きつつ、一緒に投稿された画像を見る。
通常の家のリビングにはおさまり切らない大きさのテーブルに並べられた、数々の料理。スタンプで顔を隠されているが、両親と弟妹と思しき家族写真。
——そういえばこの子すごい富裕層だったな……
初めて歩の家はどこか尋ねた時、彼の口から出たのは東京の中心地の富裕層が住むことで知られる町だった。当然、一軒家。
「あー、びっくりした……」
全身の力がドッと抜け、全身をベッドに投げ出す。冷たかった身体に血が通っていくのを感じる。
「何やってんのかな、俺」
視線の先にいるアクリルスタンドの歩は当然、返事を寄越さなかった。