単独ライブのコンセプトは「融合」に決まった。ファンの激増と共に新規と古参の論争、賛否両論の物議が醸される状況に魅せるコンセプトならこれ以外なかった。ソロとコンビで人気のある仲森、神田、西園寺に郁斗たち双子が融合することによって魅せられる世界とは何か。
このグループは一人ひとりの個性が異なりすぎている。歴もキャラクターも、何一つとして共通点がない。強いて言うなら「頑固さ」だろうか。このとっ散らかった状態で、誰一人として自分の世界観を譲ろうとしなかった。
残された道は、個性を残しつつ融合する道だ。個性が融合することで新しいものを魅せる、と。
ソロ曲をそれぞれ歌った後はコンビ、トリオのパフォーマンスをし、最終的に5人のパフォーマンスへと増えていく構成だ。
が、ここに来て仲森と神田が険悪ムードになっている。
「なんで、トリがダンスナンバーなんだよ。客はアイドルファンだぞ?」
「最後に息の合ったダンスで魅せるんだよ」
会議室の机の対角線上に座る2人が、無言でにらみ合う。先ほど、オープニング楽曲でも揉め、やっと決着が着いたと思っていたところに。
昔はこれ以上の諍いがあり、それに比べたら大したものではない。しかし年上2人の雰囲気が悪いのは良い事ではない。それでも2人はこのライブを良いものにするために真剣なのだから止めるのもまた違う。
「郁斗、歩。ちょっと外の空気吸おう」
頭を冷やすのはどちらかというと年上2人だが、この状態の2人を外に出すのはまずい。
「うん」
「分かったあ」
会議室を出てすぐにある、自販機とソファで出来た休憩スペースで3人横並びに座る。本来は2人掛けのようで、ちょっと狭い。と、思っていると、ふいに圧が緩んだ。見ると、西園寺がポケットに入れた財布を取り出して自販機へ行ったところだった。
「アイツら、語気が強いんだよな~」
「しゃーないやつらだよ」と言いながら、西園寺は自販機のボタンを押す。プシュ、とレモンサイダーの缶を開けゴクリと一口飲むと、鼻歌を歌いながら窓の外を眺めた。
「歩。アイツら、悪い奴じゃないから」
「うん。みんないい人」
「良いこと言うじゃねえか~。可愛い奴め」
上機嫌の西園寺がワシャワシャと子犬のように歩を撫でた。郁斗はそれが、なぜか気に入らなかった。
パシ、と西園寺の手首を掴んで制止させる。
「郁斗?」
「あ、いや、歩最近ヘアケア頑張ってるから、やめてあげな?」
咄嗟に50%の嘘が出てきた。
何故か、自分が今、とても怖い顔をしているような気がする。アイドルスマイル、アイドルスマイル。己に言い聞かせ、掴んでいた手を離す。掴んでいた手は、重力に従い座っているソファーの座面に落ちた。
「そうなのか。悪い、歩」
「ううん~?」
最近歩がヘアケアに精を出しているのは本当だ。夏のコンサートが終わってすぐ、「良いトリートメント教えて」と聞かれ、自分の愛用しているメーカーを教えた。自分のヘアオイルを買い足すついでに歩のものを買ってプレゼントした。
歩が「良い櫛買ったんだ」と見せてきた時は梳かし方を教えてやった。
この髪は、俺が作った自信があった。
——…………は?
「自信」ってなんだ。「俺が」って、なんだ。
「オンジー!ちょっと来てくれ」
会議室の扉が開いて、顔だけ出した神田が西園寺を呼んだ。
「おう。2人は待ってろ」
西園寺が会議室へと消えると、辺りは途端にシンとなる。
「郁斗くん」
「……ん?どした、歩」
世にも不思議な己の胸中を悟られまいと、なんでもないことのように返す。この胸中は知られてはいけないと思った。
「撫でて?」
——は?
またしても、上目遣い。あざといのは一体どっちなのだろうか。
「なんで」
かろうじて言葉が出たが、酸素が薄くなったみたいに呼吸がし辛いし、心臓の動悸もおかしい。この子は一体、何を考えているのだろうか。
「何でって、撫でてほしいから」
「何か変?」というような目で見られると、自分がおかしいのではなかと思えてくるが、撫でてほしいと言うのはまるで………甘えられているみたいじゃないか。
いや。単に西園寺の手を止めてしまったのが気に入らないのかもしれない。
「また翔太にやってもらったらいいでしょ?ごめんね、止めちゃって」
なんでそんな拗ねたみたいな言い方をしているんだ、俺は。
先ほどから心も身体も言葉も、全てに違う人間が宿ったかのように統一性がない。脳だけがずっと困惑している。
歩から視線を逸らすと、郁斗の手首に歩の手が触れた。冷たい手が。
そのまま手首ごと引き寄せられて、歩の髪に指の甲が触れた。歩は手を離した。
郁斗の手は歩の髪に触れたままだった。
ギコギコと効果音が鳴りそうなほどにぎこちない手つきで歩の頭を撫でる。決して気持ち良くなんかないだろうに、歩は気を許した小動物のように安らかな笑みを浮かべて目を閉じた。
「なんか兎みたいだね……」
「うさぎ?」
「そう。白の兎」
真っ白な雪原を奔放に走る白い毛皮の兎。うん。ぴったりだ。
「じゃあ、郁斗くんは何色のうさぎ?」
「俺?そりゃあピンクでしょ」
なんてったってメンバーカラー。そして現実には存在しないピンクの兎。
「白うさぎの毛皮と赤い目を合わせたら、ピンクになるね」
そう言うと歩はパチリと目を開け、視線が絡み合う。
歩の瞳の色は真っ黒だった。
このグループは一人ひとりの個性が異なりすぎている。歴もキャラクターも、何一つとして共通点がない。強いて言うなら「頑固さ」だろうか。このとっ散らかった状態で、誰一人として自分の世界観を譲ろうとしなかった。
残された道は、個性を残しつつ融合する道だ。個性が融合することで新しいものを魅せる、と。
ソロ曲をそれぞれ歌った後はコンビ、トリオのパフォーマンスをし、最終的に5人のパフォーマンスへと増えていく構成だ。
が、ここに来て仲森と神田が険悪ムードになっている。
「なんで、トリがダンスナンバーなんだよ。客はアイドルファンだぞ?」
「最後に息の合ったダンスで魅せるんだよ」
会議室の机の対角線上に座る2人が、無言でにらみ合う。先ほど、オープニング楽曲でも揉め、やっと決着が着いたと思っていたところに。
昔はこれ以上の諍いがあり、それに比べたら大したものではない。しかし年上2人の雰囲気が悪いのは良い事ではない。それでも2人はこのライブを良いものにするために真剣なのだから止めるのもまた違う。
「郁斗、歩。ちょっと外の空気吸おう」
頭を冷やすのはどちらかというと年上2人だが、この状態の2人を外に出すのはまずい。
「うん」
「分かったあ」
会議室を出てすぐにある、自販機とソファで出来た休憩スペースで3人横並びに座る。本来は2人掛けのようで、ちょっと狭い。と、思っていると、ふいに圧が緩んだ。見ると、西園寺がポケットに入れた財布を取り出して自販機へ行ったところだった。
「アイツら、語気が強いんだよな~」
「しゃーないやつらだよ」と言いながら、西園寺は自販機のボタンを押す。プシュ、とレモンサイダーの缶を開けゴクリと一口飲むと、鼻歌を歌いながら窓の外を眺めた。
「歩。アイツら、悪い奴じゃないから」
「うん。みんないい人」
「良いこと言うじゃねえか~。可愛い奴め」
上機嫌の西園寺がワシャワシャと子犬のように歩を撫でた。郁斗はそれが、なぜか気に入らなかった。
パシ、と西園寺の手首を掴んで制止させる。
「郁斗?」
「あ、いや、歩最近ヘアケア頑張ってるから、やめてあげな?」
咄嗟に50%の嘘が出てきた。
何故か、自分が今、とても怖い顔をしているような気がする。アイドルスマイル、アイドルスマイル。己に言い聞かせ、掴んでいた手を離す。掴んでいた手は、重力に従い座っているソファーの座面に落ちた。
「そうなのか。悪い、歩」
「ううん~?」
最近歩がヘアケアに精を出しているのは本当だ。夏のコンサートが終わってすぐ、「良いトリートメント教えて」と聞かれ、自分の愛用しているメーカーを教えた。自分のヘアオイルを買い足すついでに歩のものを買ってプレゼントした。
歩が「良い櫛買ったんだ」と見せてきた時は梳かし方を教えてやった。
この髪は、俺が作った自信があった。
——…………は?
「自信」ってなんだ。「俺が」って、なんだ。
「オンジー!ちょっと来てくれ」
会議室の扉が開いて、顔だけ出した神田が西園寺を呼んだ。
「おう。2人は待ってろ」
西園寺が会議室へと消えると、辺りは途端にシンとなる。
「郁斗くん」
「……ん?どした、歩」
世にも不思議な己の胸中を悟られまいと、なんでもないことのように返す。この胸中は知られてはいけないと思った。
「撫でて?」
——は?
またしても、上目遣い。あざといのは一体どっちなのだろうか。
「なんで」
かろうじて言葉が出たが、酸素が薄くなったみたいに呼吸がし辛いし、心臓の動悸もおかしい。この子は一体、何を考えているのだろうか。
「何でって、撫でてほしいから」
「何か変?」というような目で見られると、自分がおかしいのではなかと思えてくるが、撫でてほしいと言うのはまるで………甘えられているみたいじゃないか。
いや。単に西園寺の手を止めてしまったのが気に入らないのかもしれない。
「また翔太にやってもらったらいいでしょ?ごめんね、止めちゃって」
なんでそんな拗ねたみたいな言い方をしているんだ、俺は。
先ほどから心も身体も言葉も、全てに違う人間が宿ったかのように統一性がない。脳だけがずっと困惑している。
歩から視線を逸らすと、郁斗の手首に歩の手が触れた。冷たい手が。
そのまま手首ごと引き寄せられて、歩の髪に指の甲が触れた。歩は手を離した。
郁斗の手は歩の髪に触れたままだった。
ギコギコと効果音が鳴りそうなほどにぎこちない手つきで歩の頭を撫でる。決して気持ち良くなんかないだろうに、歩は気を許した小動物のように安らかな笑みを浮かべて目を閉じた。
「なんか兎みたいだね……」
「うさぎ?」
「そう。白の兎」
真っ白な雪原を奔放に走る白い毛皮の兎。うん。ぴったりだ。
「じゃあ、郁斗くんは何色のうさぎ?」
「俺?そりゃあピンクでしょ」
なんてったってメンバーカラー。そして現実には存在しないピンクの兎。
「白うさぎの毛皮と赤い目を合わせたら、ピンクになるね」
そう言うと歩はパチリと目を開け、視線が絡み合う。
歩の瞳の色は真っ黒だった。