教室に押し込まれていた生徒たちが解き放たれる放課後、郁斗は窓際に座る1人の男の元へ向かった。
「歩、行くよ」
「はあい、郁斗くん」
タンポポの綿毛でも飛んでいるかのように、ゆるい雰囲気を纏った男が郁斗の声に振り返る。彼もまた郁斗と同じアイドル研修生である。
天然かわいい、ふわふわ、癒し系、など彼のことをそう言うファンは多い。
結城歩。去年事務所に入ったばかりの新人だ。光瑛高校の普通科に通っていた彼が、現場に直入りする郁斗を迎えに来ていた事務所のスタッフにスカウトされるという郁斗にとっては面白くはない経緯で。何の因果か、歩と郁斗の誕生日は5月15日で同じだった。
でも、たとえ面白くなくともそれを態度に出してはいけない。郁斗は同じ高校の同級生、そして同じ事務所の頼れる先輩として、天然で危なっかしい歩の面倒を見ていた。
研修生の郁斗たちは放課後すぐ事務所に行ってレッスンを受けたり、仕事が決まっていればその打ち合わせをしたり、そのまま現場に行くこともある。
梅雨真っただ中の6月後半。傘を差した微妙な距離感で2人は一緒に事務所へダンスレッスンをしに向かう。
「歩、そっちじゃないよ」
人の行き交う改札を出て反対方向に進もうとする歩を引き止める。彼は方向音痴な所があり、郁斗はこの1年ずっとヒヤヒヤしっぱなしだ。これでも、去年までは普通科にいて、勉強はそこそこできるのだが。
「あ、すみません」
慌てて歩が郁斗の元にやってくる。
同い年なのに、歩は郁斗に敬語を使っている。年齢に関係なく事務所に入った順に先輩後輩が決まるという風習のためだろう。郁斗はそれがどこかむず痒かった。
歩は端的に言って天才だ。事務所に入った直後こそダンスも歌も未経験だったが、レッスンを受けるとその辺の研修生を置き去りにしていった。研修生グループに入っても遜色ない程度には。
研修生の中で実力がついていくと、研修生グループが組まれる。そして、グループで協力しデビューを目指すのだ。
郁斗はというと、試行錯誤の甲斐あってかそれなりにファンがついていた。けれど、未だどの研修生グループにも入れていない。同期や後輩がグループを組み、コンサートをしている中、郁斗はいつも1人でバラエティー番組や舞台、ドラマなどに端役で出ることしかなかった。
——俺に、何が足りない?何がダメ?
もちろん、アイドルはグループが主流とはいえ、ソロアイドルとして活躍する人だっている。研修生の中にはグループに所属していなくともソロで活躍できるほどの実力者もいるが、自分がそのようになれるかは自信がない。
郁斗は闘争心が強くある分、ネガティブ思考に振れることもよくある。ネガティブ思考を闘争心に変えることで今までやってきたのだ。
隣を歩く歩を見やる。無垢な表情で雲の間から差し込む夕陽を浴び、ひな鳥のように郁斗について歩くその姿は掴みどころがない。「天然かわいい」で地道にファンを獲得している彼には、俺のような焦りや葛藤はないのだろうか、と郁斗は思う。まだ1年目なら闘争心も芽生えないのだろうか。
郁斗は薄々感じていた。もし今後研修生グループが出来るとしたら、きっと俺と歩は同じグループになると。
「あざとかわいい」と「天然かわいい」。他のメンバーのキャラと年齢にもよるが、郁斗の可愛いキャラが食われる可能性は十分にある。それが最近の懸念点だった。
「歩、行くよ」
「はあい、郁斗くん」
タンポポの綿毛でも飛んでいるかのように、ゆるい雰囲気を纏った男が郁斗の声に振り返る。彼もまた郁斗と同じアイドル研修生である。
天然かわいい、ふわふわ、癒し系、など彼のことをそう言うファンは多い。
結城歩。去年事務所に入ったばかりの新人だ。光瑛高校の普通科に通っていた彼が、現場に直入りする郁斗を迎えに来ていた事務所のスタッフにスカウトされるという郁斗にとっては面白くはない経緯で。何の因果か、歩と郁斗の誕生日は5月15日で同じだった。
でも、たとえ面白くなくともそれを態度に出してはいけない。郁斗は同じ高校の同級生、そして同じ事務所の頼れる先輩として、天然で危なっかしい歩の面倒を見ていた。
研修生の郁斗たちは放課後すぐ事務所に行ってレッスンを受けたり、仕事が決まっていればその打ち合わせをしたり、そのまま現場に行くこともある。
梅雨真っただ中の6月後半。傘を差した微妙な距離感で2人は一緒に事務所へダンスレッスンをしに向かう。
「歩、そっちじゃないよ」
人の行き交う改札を出て反対方向に進もうとする歩を引き止める。彼は方向音痴な所があり、郁斗はこの1年ずっとヒヤヒヤしっぱなしだ。これでも、去年までは普通科にいて、勉強はそこそこできるのだが。
「あ、すみません」
慌てて歩が郁斗の元にやってくる。
同い年なのに、歩は郁斗に敬語を使っている。年齢に関係なく事務所に入った順に先輩後輩が決まるという風習のためだろう。郁斗はそれがどこかむず痒かった。
歩は端的に言って天才だ。事務所に入った直後こそダンスも歌も未経験だったが、レッスンを受けるとその辺の研修生を置き去りにしていった。研修生グループに入っても遜色ない程度には。
研修生の中で実力がついていくと、研修生グループが組まれる。そして、グループで協力しデビューを目指すのだ。
郁斗はというと、試行錯誤の甲斐あってかそれなりにファンがついていた。けれど、未だどの研修生グループにも入れていない。同期や後輩がグループを組み、コンサートをしている中、郁斗はいつも1人でバラエティー番組や舞台、ドラマなどに端役で出ることしかなかった。
——俺に、何が足りない?何がダメ?
もちろん、アイドルはグループが主流とはいえ、ソロアイドルとして活躍する人だっている。研修生の中にはグループに所属していなくともソロで活躍できるほどの実力者もいるが、自分がそのようになれるかは自信がない。
郁斗は闘争心が強くある分、ネガティブ思考に振れることもよくある。ネガティブ思考を闘争心に変えることで今までやってきたのだ。
隣を歩く歩を見やる。無垢な表情で雲の間から差し込む夕陽を浴び、ひな鳥のように郁斗について歩くその姿は掴みどころがない。「天然かわいい」で地道にファンを獲得している彼には、俺のような焦りや葛藤はないのだろうか、と郁斗は思う。まだ1年目なら闘争心も芽生えないのだろうか。
郁斗は薄々感じていた。もし今後研修生グループが出来るとしたら、きっと俺と歩は同じグループになると。
「あざとかわいい」と「天然かわいい」。他のメンバーのキャラと年齢にもよるが、郁斗の可愛いキャラが食われる可能性は十分にある。それが最近の懸念点だった。