夏の暑さがすっかり抜けきった頃、『SN―SKY』の単独コンサートが決まった。冬休みを利用し、東京、大阪、名古屋の全国3都市で行われる、全10回公演だ。研修生による初の単独コンサートとしては破格の多さである。
そして、アクリルスタンドやライブTシャツ、オフショット写真などのライブグッズの発売も決定した。
今日はそれらに使われる写真の撮影日だ。
沢山のスタッフに囲まれて撮影が進む。まずは全員のショットから。いつもの立ち位置に立って、郁斗はアイドルスマイルを向ける。
郁斗は静止画の撮影が一番好きだ。自分が可愛く映る角度や表情に自信があったからだ。その反面、どんな時も同じような表情で変化を付けることが出来ていなかった。全体の写真はこれで良くても、ソロショットは変化をつけたい。
「はい、オッケーです!皆さん一旦休憩入ってくださーい」
全員のショットが終わり、個人の撮影が始まる。他のメンバーの撮影が進む中、郁斗はアルタイル・エンタープライズの先輩や、雑誌に載っている同年代の男性芸能人のソロショットを見ていく。郁斗のようにかわいいキャラで売る人は少数派だ。
仲森の撮影は、得意の王道アイドル風に手を差し出したり優しい表情が多い。反対に神田の撮影は、とにかくクール。首や頬に指先を添えるなどのこなれたものだ。西園寺はとにかく顔を強調し、華やかな小物を持っていた。
俺が取り入れるなら、年下王子系と隠れクール系というような感じだろうか。
西園寺の撮影が終わり、次は歩が呼ばれる。
——歩はどうする……?
彼が今までやってきた撮影は、雑誌の小さなコーナーとアーティスト写真くらいで経験はあまりないはずだ。
「えっと……とりあえずこれ持って好きに動いてみて!」
カメラマンが渡したのは1輪の花だった。真っ白な百合。汚れないイメージを持っている歩にピッタリだと思った。実際の所はどうか、知らないけれど。
シャッターが切られる度に、歩は儚い表情を見せた。
——これは、スイッチが入ってる……
郁斗はそう確信した。ステージに立つときや、気持ちがノッてる時に発せられる彼のオーラ。きっと持っている百合にイメージを合わせたのだろう。ステージパフォーマンスの時とはまた違ったオーラを纏っていた。
憑依型。その三文字が郁斗の脳裏をよぎる。
主に演技においてその言葉が使われることが多いが、郁斗はダンスや歌、こういう撮影のされ方にだって言えると思っていた。
どんな雰囲気にも合わせてイメージを自分に下ろす。それを見る者たちへ感情や雰囲気などを全身で訴えかけられる人が多い。
対して、郁斗はスイッチのようにオンオフを分けるタイプだ。一応、オフでも自分がどういうキャラをしているかは意識しているけれど。本来、憑依型でもスイッチ型でも優劣はないはずなのに、どこか勝てないような気さえしてくる。
歩の撮影が終わり、郁斗が呼ばれた。
——負けるものか……!
アイドルスイッチ、オン。ネガティブ思考を闘争心に変えるのは、郁斗の得意技である。
「郁斗くんはそのぬいぐるみ持ってー」
予想通り。スタジオに入った時から目に入っていたクマのぬいぐるみ。きっとこれは郁斗の撮影で使うものだと思っていた。おあつらえ向きのぬいぐるみ。
イメージは完璧だ。
ぬいぐるみに抱きついたり、頬擦りをしたり。軽く触れるキスをした所で、撮影が一時中断した。
「いいね!じゃあぬいぐるみ無しでフリーポーズで!」
カメラマンの指示でぬいぐるみはスタッフの手に渡った。これも想定内ではあった。が、郁斗の脳内には新たに生まれた「隠れ毒舌キャラ」の異名がチラついた。それと、ギャップが良いというファンの声が。
郁斗はおもむろに先ほど神田がやっていたようなクールなイメージのポーズをとってみた。こういうポーズは自分には関係ないと思いつつも、男性アイドルの多くはこのようなポーズをとっているため、自然と学習していたのか次から次へとポーズが出てくる。
心なしか、カメラマンも楽しそうだ。
ふと周りに視線をやると、歩と目線がかち合った。歩は慌てて顔を背ける。
——え?
歩のいない方を向いて撮影は続く。が、しばらくして、再び歩からの視線を感じるようになった。他のメンバーはそれぞれくつろいだりメイクを直したりしているというのに。同じかわいい系統だから参考にでもしたいのか。
しかし今やっているのはかわいいとは無縁のもの。まさか、歩もクール系を出していくつもりなのだろうか。
そんな答えの出ないようなことを考えていたら、あっという間に撮影は終わった。
楽屋で衣装を脱ぎ、私服に着替えていると神田に声を掛けられた。
「なあ、単独の構成と演出、郁斗もやらないか?」
神田にしては珍しく、真面目な様子だった。
「どういうこと?」
「撮影見てて思ったけど、郁斗は演出向いていると思う。もちろん俺もやるし、一緒にどうだ?」
——演出か……
確かに郁斗は「あざとかわいい桜木郁斗」の演出するのが好きだったし、手ごたえもあった。これをライブ演出に応用できれば……。何よりグループに所属していなかった今までなら出来なかったことだ。
それに……夏のコンサートで「演出は神田たちが決めるんだろう?」と当然のように専務に言われたのは悔しかったな、と郁斗は思い出した。
「……やってみる」
「おう。仲森とオンジーは衣装考えてくれるって……ん?郁斗、お前はダンスと歌のレッスンに専念するんだぞ」
神田の訝しげな視線を辿ると、歩がどこか物寂しい視線を向けていた。歩も、ライブの構成に関わりたいのだろうか。周りが能動的にライブを作る傍らで、ただ受動的に練習だけするのは面白くはないだろう。
「セトリ、一曲なら決めて良いよ」
郁斗がそう声を掛けると、歩は斜め上に視線をやって考える。
「うーん……。『ピチカート!』かな。サビの振り楽しかった」
歩は「これ」と楽しそうに手振りをしながら言う。また、綿毛がふわりと舞った。
「……だってよ」
神田は郁斗を肘でつついた。
「え?」
「その振り考えたのは郁斗だぞ」
「ほんとっ?やっぱりすごいなあ郁斗くん」
歩は俺よりちょっと背が低いから、自然と上目遣いになる。心なしかいつもより瞳のハイライトが多いようにも見えた。撮影用のメイクをしているからだろうか。
なんだかよく分からないものが心の裏側を掠めたような気がした。それに気づいた時には、掠めたものは遠くに行って見えなくなってしまっていたけれど。ただ1つ、歩のファンがしきりに「可愛い!」を連呼する理由が、よく分かった。
撮影から数週間でライブグッズが出来上がった。アクリルスタンドとタオル、Tシャツ、郁斗がデザインしたキーホルダー。可愛さだけでなくカッコよさも出した『SN―SKY』ロゴのあるものだ。研修生のうちは1人の世界観でデザインはできない。デビューできれば、1人の好みに合わせて作ることが出来る。今はこれで我慢するしかない。
正式に販売されると同時に、メンバー全員にグッズが配布された。タオルとTシャツ、キーホルダーにアクリルスタンドは自分のものが、何故か2体ずつ。本人が持つものでも観賞用と保存用があるのだろうか。
「わあ、郁斗くんの可愛いねー!」
縮められ、アクリル板に磔にされた己と目を合わせていると、背後から歩がひょいと覗いた。彼もまたかわいい感じのアクリルスタンドを持っていた。
「1つあげようか?」
2つ持っていたって郁斗は飾らないし、歩が目を輝かせるならあげたかった。
「いいの!?じゃあ、はい。俺のも」
郁斗のアクリルスタンドを受け取った手から、歩のアクリルスタンドが渡ってきた。
——どんなわらしべ長者だよ
歩は2人のアクリルスタンドを並べてニコニコしている。
「郁斗くんのと俺の、並べて部屋に飾るね。郁斗くんはどうする……?」
ここで無碍に「そこらへんの小物入れに入れとく」と、答えても良かった。けれど恐る恐るというような歩の無垢な視線を浴びるとどうにも、そんなことはとても言えない。
「じゃあ俺も、飾ろっかな……?」
歩の反応が気になって見ると、また綿毛を飛ばして笑っていた。郁斗はその笑顔が見たかった。
そして、アクリルスタンドやライブTシャツ、オフショット写真などのライブグッズの発売も決定した。
今日はそれらに使われる写真の撮影日だ。
沢山のスタッフに囲まれて撮影が進む。まずは全員のショットから。いつもの立ち位置に立って、郁斗はアイドルスマイルを向ける。
郁斗は静止画の撮影が一番好きだ。自分が可愛く映る角度や表情に自信があったからだ。その反面、どんな時も同じような表情で変化を付けることが出来ていなかった。全体の写真はこれで良くても、ソロショットは変化をつけたい。
「はい、オッケーです!皆さん一旦休憩入ってくださーい」
全員のショットが終わり、個人の撮影が始まる。他のメンバーの撮影が進む中、郁斗はアルタイル・エンタープライズの先輩や、雑誌に載っている同年代の男性芸能人のソロショットを見ていく。郁斗のようにかわいいキャラで売る人は少数派だ。
仲森の撮影は、得意の王道アイドル風に手を差し出したり優しい表情が多い。反対に神田の撮影は、とにかくクール。首や頬に指先を添えるなどのこなれたものだ。西園寺はとにかく顔を強調し、華やかな小物を持っていた。
俺が取り入れるなら、年下王子系と隠れクール系というような感じだろうか。
西園寺の撮影が終わり、次は歩が呼ばれる。
——歩はどうする……?
彼が今までやってきた撮影は、雑誌の小さなコーナーとアーティスト写真くらいで経験はあまりないはずだ。
「えっと……とりあえずこれ持って好きに動いてみて!」
カメラマンが渡したのは1輪の花だった。真っ白な百合。汚れないイメージを持っている歩にピッタリだと思った。実際の所はどうか、知らないけれど。
シャッターが切られる度に、歩は儚い表情を見せた。
——これは、スイッチが入ってる……
郁斗はそう確信した。ステージに立つときや、気持ちがノッてる時に発せられる彼のオーラ。きっと持っている百合にイメージを合わせたのだろう。ステージパフォーマンスの時とはまた違ったオーラを纏っていた。
憑依型。その三文字が郁斗の脳裏をよぎる。
主に演技においてその言葉が使われることが多いが、郁斗はダンスや歌、こういう撮影のされ方にだって言えると思っていた。
どんな雰囲気にも合わせてイメージを自分に下ろす。それを見る者たちへ感情や雰囲気などを全身で訴えかけられる人が多い。
対して、郁斗はスイッチのようにオンオフを分けるタイプだ。一応、オフでも自分がどういうキャラをしているかは意識しているけれど。本来、憑依型でもスイッチ型でも優劣はないはずなのに、どこか勝てないような気さえしてくる。
歩の撮影が終わり、郁斗が呼ばれた。
——負けるものか……!
アイドルスイッチ、オン。ネガティブ思考を闘争心に変えるのは、郁斗の得意技である。
「郁斗くんはそのぬいぐるみ持ってー」
予想通り。スタジオに入った時から目に入っていたクマのぬいぐるみ。きっとこれは郁斗の撮影で使うものだと思っていた。おあつらえ向きのぬいぐるみ。
イメージは完璧だ。
ぬいぐるみに抱きついたり、頬擦りをしたり。軽く触れるキスをした所で、撮影が一時中断した。
「いいね!じゃあぬいぐるみ無しでフリーポーズで!」
カメラマンの指示でぬいぐるみはスタッフの手に渡った。これも想定内ではあった。が、郁斗の脳内には新たに生まれた「隠れ毒舌キャラ」の異名がチラついた。それと、ギャップが良いというファンの声が。
郁斗はおもむろに先ほど神田がやっていたようなクールなイメージのポーズをとってみた。こういうポーズは自分には関係ないと思いつつも、男性アイドルの多くはこのようなポーズをとっているため、自然と学習していたのか次から次へとポーズが出てくる。
心なしか、カメラマンも楽しそうだ。
ふと周りに視線をやると、歩と目線がかち合った。歩は慌てて顔を背ける。
——え?
歩のいない方を向いて撮影は続く。が、しばらくして、再び歩からの視線を感じるようになった。他のメンバーはそれぞれくつろいだりメイクを直したりしているというのに。同じかわいい系統だから参考にでもしたいのか。
しかし今やっているのはかわいいとは無縁のもの。まさか、歩もクール系を出していくつもりなのだろうか。
そんな答えの出ないようなことを考えていたら、あっという間に撮影は終わった。
楽屋で衣装を脱ぎ、私服に着替えていると神田に声を掛けられた。
「なあ、単独の構成と演出、郁斗もやらないか?」
神田にしては珍しく、真面目な様子だった。
「どういうこと?」
「撮影見てて思ったけど、郁斗は演出向いていると思う。もちろん俺もやるし、一緒にどうだ?」
——演出か……
確かに郁斗は「あざとかわいい桜木郁斗」の演出するのが好きだったし、手ごたえもあった。これをライブ演出に応用できれば……。何よりグループに所属していなかった今までなら出来なかったことだ。
それに……夏のコンサートで「演出は神田たちが決めるんだろう?」と当然のように専務に言われたのは悔しかったな、と郁斗は思い出した。
「……やってみる」
「おう。仲森とオンジーは衣装考えてくれるって……ん?郁斗、お前はダンスと歌のレッスンに専念するんだぞ」
神田の訝しげな視線を辿ると、歩がどこか物寂しい視線を向けていた。歩も、ライブの構成に関わりたいのだろうか。周りが能動的にライブを作る傍らで、ただ受動的に練習だけするのは面白くはないだろう。
「セトリ、一曲なら決めて良いよ」
郁斗がそう声を掛けると、歩は斜め上に視線をやって考える。
「うーん……。『ピチカート!』かな。サビの振り楽しかった」
歩は「これ」と楽しそうに手振りをしながら言う。また、綿毛がふわりと舞った。
「……だってよ」
神田は郁斗を肘でつついた。
「え?」
「その振り考えたのは郁斗だぞ」
「ほんとっ?やっぱりすごいなあ郁斗くん」
歩は俺よりちょっと背が低いから、自然と上目遣いになる。心なしかいつもより瞳のハイライトが多いようにも見えた。撮影用のメイクをしているからだろうか。
なんだかよく分からないものが心の裏側を掠めたような気がした。それに気づいた時には、掠めたものは遠くに行って見えなくなってしまっていたけれど。ただ1つ、歩のファンがしきりに「可愛い!」を連呼する理由が、よく分かった。
撮影から数週間でライブグッズが出来上がった。アクリルスタンドとタオル、Tシャツ、郁斗がデザインしたキーホルダー。可愛さだけでなくカッコよさも出した『SN―SKY』ロゴのあるものだ。研修生のうちは1人の世界観でデザインはできない。デビューできれば、1人の好みに合わせて作ることが出来る。今はこれで我慢するしかない。
正式に販売されると同時に、メンバー全員にグッズが配布された。タオルとTシャツ、キーホルダーにアクリルスタンドは自分のものが、何故か2体ずつ。本人が持つものでも観賞用と保存用があるのだろうか。
「わあ、郁斗くんの可愛いねー!」
縮められ、アクリル板に磔にされた己と目を合わせていると、背後から歩がひょいと覗いた。彼もまたかわいい感じのアクリルスタンドを持っていた。
「1つあげようか?」
2つ持っていたって郁斗は飾らないし、歩が目を輝かせるならあげたかった。
「いいの!?じゃあ、はい。俺のも」
郁斗のアクリルスタンドを受け取った手から、歩のアクリルスタンドが渡ってきた。
——どんなわらしべ長者だよ
歩は2人のアクリルスタンドを並べてニコニコしている。
「郁斗くんのと俺の、並べて部屋に飾るね。郁斗くんはどうする……?」
ここで無碍に「そこらへんの小物入れに入れとく」と、答えても良かった。けれど恐る恐るというような歩の無垢な視線を浴びるとどうにも、そんなことはとても言えない。
「じゃあ俺も、飾ろっかな……?」
歩の反応が気になって見ると、また綿毛を飛ばして笑っていた。郁斗はその笑顔が見たかった。