「はいっ!じゃあ次の質問でーす!『好きなタイプについて』だって」
 立方体型の箱の中から1枚の紙を取り出し、歩がそう言った。
 今日はダンスレッスンの予定だったが、事務所に到着した所で講師が急用で来られなくなると連絡が入った。そのまま帰るのもどうかと思った郁斗たちは、ビジュアルを整えて動画を撮ることにした。
 撮るのは『語りシリーズ』と名付けられた歩のコンテンツだ。歩がファンから募集した話題を語るシリーズで、たまにメンバーがゲストとして迎えられる。
 今回は郁斗のゲスト回だ。動画外では神田が1人大学の課題をしていた。
「兄貴が保護者として見ていてやる」だとか言っていたが、どうせそのまま帰るのが惜しかっただけだろう。
「好きなタイプかあ。歩は何かある?」
 聞きながら、心臓がちょっと張り詰めた。天然だから何もかもありのまま話してしまうかもしれない、という危険信号だろうか。
研修生とはいえ、俺たちはアイドルだ。
「うーん……俺あんま分かんないなあ。郁斗くんは?」
「俺はねえ……ファンのみんなだよ!」
 撮影用スマートフォンに向かってハートを作り、投げキッスを飛ばす。上目遣い、角度よし!神田が視線は向けずとも冷淡な笑みを零したのは気にしない。
「そういうことじゃないと思うんだけどなぁ」
 「分からない」とはぐらかした癖に、歩は的確なツッコミを入れる。これだから天然はこわい。
「ははは。えー?優しい子かな?」
 世の中の大抵の人が答える、いかにもアイドルらしい回答だろう。でも、本当は優しさなんてどうでも良い。かといってどんなタイプが良いとか、考えたことなんてない。
「優しい子かあ……。確かに大事だねえ、人間関係って優しさがないとダメって言うもんね」
「そうそう」
「おい郁斗、ぶりっ子してんじゃねえぞ~」
 課題をしていた神田が、いつの間にか近づいてきていた。
「ちょっと侑真くん入ってこないでよ~」
「ほらー!郁斗の毒舌出ました~!」
 賑やかな声で神田は画面に入って来た。2人がちゃんと収まる画角に入ってきたため、3人ではぎゅうぎゅう詰めだ。遠慮がちな歩が見切れそうになり、そっと肩に手を回して引き寄せる。
——俺は不本意なことに、隠れ毒舌キャラの肩書きが付きつつある。
 きっかけは夏のコンサートの千穐楽で撮られたドッキリ動画だ。いつものようにヘアメイクしようと楽屋に入ると既に完成されていた歩を見て、あまりにも驚いた結果、「うわ、ビビった。ないわー」というかわいいキャラをすっ飛ばした言葉を吐いてしまった。
 その動画は拡散に次ぐ拡散を引き起こしてしまった。今、SNSで『SN―SKY』を検索すると、上位にこの動画の無断転載が出てくるようになってしまった。
 信じられないことに、ファンの反応が良かった。「薄々毒舌かもしれないと思ってた」というとんでもない洞察力のあるファンが一部いたが、大多数は「可愛い顔で毒舌なのが良い」「ギャップが面白い」というものだった。困ったことに「この動画を見てファンクラブに入った」というものまであった。
 意味が分からない。今まで作りこんだキャラは何だったのか、などと思ったが、その作り込みのおかげでギャップが生まれているのだから、きっと無駄ではないのだろう。
 しかし、郁斗は絶賛キャラ迷走中だった。かわいさ1つで推してきたファンもいることを考えると、どの程度本音を零すべきかの塩梅が難しい。
とはいえ発言の自由度が高くなったのは良いことなのかもしれない。心の内を解放できるのは気分が良かった。
「ぶりっ子じゃないでーす」
「正直に言えよ~『すっごい顔の良い子がタイプです!』って」
——この人は……
「ちょっとお~!」
 暴走機関車と化した神田はあることないことを話し始める。それでも越えてはいけない一線を越えた発言はしないのだから驚きだ。
ふと、肩に重みを感じてその方を見ると、上目遣いの歩と目が合った。
「郁斗くん、顔の良い子が好きなの……?」
「もう歩までやめてよぉ~」
 歩に真剣な顔でそう言われると、妙な居心地の悪さを感じる。その居心地の悪さの正体は郁斗には見当もつかなかった。
 1つ言えるのは、歩のことをどこか純真無垢な存在だと捉えていることだ。歩に、そんな汚れたような話は聞かせたくないと郁斗は思って、話題を逸らした。
——つくづく俺は歩に対して過保護になってしまった