7月中盤になって夏のコンサートの全体構成が固まり、いよいよ『SN―SKY』もパフォーマンスを詰めていく段階になった。今日は休日だが、事務所のリハーサル室で『SN―SKY』全員で披露する楽曲の振り入れをする。全部で3曲。全て今年になってリリースされた先輩の楽曲で、全員が初めて扱う曲になる。
 最初は歩に合わせて彼が去年やった楽曲を含め馴染み深いものにしよう、となったが、歩本人が「俺に合わせず、グループに合ったものにしてほしい」と譲らなかった。結果、ダンスメインを1曲、王道アイドル楽曲を2曲という構成になった。そしてダンスメイン以外は生歌の方針になった。
 つまり、かなりヤバイ状態である。年上3人、特に仲森と神田は歌が得意だ。西園寺も上手い部類にいる。郁斗は練習すれば音程通りに歌えるが、感情を乗せて歌うのは得意ではない。それはまだいいとして、問題は歩だ。
 歩は歌が得意じゃない。研修生になったばかりの頃は、むしろ音痴の部類だった。1か月ほど前から彼は積極的に歌のレッスンに通い、音痴状態だけはどうにか脱した所だ。それでも本番の生歌が上手くいくかは賭けだ。
 どうしたものかとアレコレ考えていると、郁斗は事務所のリハーサル室に着いた。
「おはようございまーす」
「おう。おはよ」
 壁一面が鏡張りのリハーサル室には神田だけがいた。隅に置かれた机に数多の資料を置き、深く椅子に掛けて1人タブレットに何かをペンで書きこんでいた。
「何してんの?」
「『ピチカート』の振り。一応考えたんだけど、どうだ?もっとキラキラ感を出した方がいいか?」
 タブレットの画面を見せながら神田はそう言った。画面には大まかな振りの動画と立ち位置移動が記されていた。
 『ピチカート』は王道アイドル楽曲で甘いセリフを途中に挟むような曲だが、ワイルド系のダンスを得意とする神田にはイメージが付きにくいのかもしれない。
「うーん……ちょっと考えてみる」
 タブレットを受け取り、動画を見て振りを覚える。郁斗は一般的な人よりも振りを覚えるのが速い。一通り覚え終わると、郁斗は身体を動かしながら思案する。
「……ここの『笑顔の魔法』は笑って、人差し指で顔を示す感じは?あと、サビの『ピチカート!』は元気にジャンプとか?こう……」
 立ち上がり踊って見せる。郁斗は振りを考えたことはないが、ファンがどんな振り付けを好むかはよく知っていた。
「良いな。ちょっと動画撮らせて」
 タブレットを向けられ、神田のスマホから楽曲が流れる。リハーサル室といえど、カメラを向けられたら話は別だ。
 アイドルスイッチ、オン!たとえメンバーのスマートフォンであっても、記録に残る以上はアイドルモードに切り替えるのが郁斗の信条である。
 元々作られていた所から通して、所々アレンジを加えながら踊る。笑顔も忘れずにスマートフォンに向ける。
 踊り終わると、「これでいくか……」と神田が己を納得させるような苦々しい笑みを浮かべながら言った。彼はきっと、王道アイドル楽曲は性に合わないと思っているのだろう。
 お笑いが好きで、バラエティー番組ではゲラゲラとアイドルとは思えないほどよく笑い、楽曲はワイルド系でオラつきながら踊る。
 そんな神田がアイドル楽曲を2曲も入れたのは、郁斗と歩の見せ場にする為だろう。仲森と西園寺はそんなことをしなくても、どんな曲だって自分の世界観を作れてしまうから。
 けれど、数か月前に公開された仲森と神田が『ピチカート』に次ぐ王道アイドル楽曲を踊った動画は、案外神田のファンに好評で、隠れリアコだと言われていた。アイドルには往々にして、自分がしたい系統とファンが喜ぶ系統が違うことがある。
 自分のキャラ付けとは正反対のものがバズる、ということが。