研修生コンサートは1か月前から具体的な構成を決め始める。今日は第1回目の全体打ち合わせの前日……なのだが。郁斗と歩は専務に呼び出されていた。今度は本当に。
「どういうことですか」
「だから、夏のコンサートの研修生リーダーを結城くんに担当してもらう。これも決定事項」
 他の事務スタッフが忙しなく動くオフィスとパーテーション1枚で仕切られたその空間で、専務はそう言った。
 夏のコンサートに出る研修生は中学生以上。数にして80人以上だ。リハーサル期間から公演期間に渡って全体を見つつ、演出家や振付師のアドバイスなどをかみ砕いて伝えたり、統率を取るリーダーが必要だ。
 リーダーは必然と年長者や研修生の経験が長い人がやることになっている。仲森、神田、西園寺がギリギリまで他の仕事に奔走していた去年は、その役目を郁斗がやっていた。てっきり今年も俺がやるものだと郁斗は思っていた。
——そうか。7月期のドラマ
 端役とはいえ、このドラマは8月下旬まで続く。コンサートの休演日は全て撮影で埋まっているのだ。年上3人同様、物理的にリーダーを務めるのは難しい。
 だとしても、他にも歴の長い高校生の研修生は沢山いる。
「どうして俺なんですか?他にも先輩は沢山いらっしゃいますよね」
「今、仕事のない研修生で一番年上なのが君だ。他の奴らは自分のグループのパフォーマンスを考えなきゃいけない。その点、君らのグループの演出は神田たちが決めるんだろ?」
「……」
 専務の言う通りだった。
 現在研修生は上から仲森、神田に次いで西園寺含む高校3年生だ。しかし西園寺のように仕事があるか、大学受験で活動休止中の者が多い。そして、他の歴の長い高校生たちは全員グループに所属していた。彼らはグループのリーダーを務めていたり、構成やパフォーマンスを考える役割をこなしていたりする。
 中学生にリーダーは負荷がかかりすぎる。それを鑑みれば歩がリーダーに任じられるのも分からないではない。
——だけど……
 端的に言ってこの役割はキツイ。去年やった身からするとよく分かる。まず自分のパフォーマンスを磨く時間が、全体を見る時間によって圧倒的に削られる。それまでとは格段に練習時間が減った結果、元来のネガティブ思考もあって郁斗は公演直前まで自信が持てなかった。
 今回ドラマ撮影と並行させる郁斗もハードではあるが、もう慣れたもので形にすることは難しくない。そして、年上3人は言わずもがな。
 ただ歩はパフォーマンスを披露する経験が圧倒的に少なく、振りを覚え魅せるものとして完成させる時間を多く取らなければならない。忙しい仲森たちと合わせることを考えると、ハードスケジュールは確定だ。
 そして、精神的にもキツイ。不安そうな奴に声をかける分には良いが、演出家らの注意を伝えるのもリーダーの役目だ。「しっかりやったのに」という研修生らのフラストレーションを直にぶつけられる。加えて「お前はできるのかよ」という訝しげな視線で見られる。
 特に1年目の歩は考えるまでもない。態度にこそ出さないが、歩のことを良く思っていない研修生は多くいることだろう。SNSでの中傷で、かなりメンタルを病んでいた歩の精神が心配になる。
「分かりました。頑張ります」
 そんな郁斗の心配を知っているのかいないのか、歩は姿勢を正してそう言った。彼は存外度胸のある奴らしい。
「よし。もう行っていい」
 専務は深く頷く。この場に俺が呼ばれたということは、「お前が歩を気にかけてやれ」ということなのだろう。郁斗は自分の役割が分かってきた。
 ドラマ撮影があるとはいえ仲森たちと比べれば、手は空いているし同じグループで同じ高校。歩の面倒は、やはり郁斗が見ることになるらしい。
 そんな役割も、郁斗は案外嫌いじゃなかった。