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 試合終了のサイレンが鳴った。5番バッターの雪哉が塁に出たものの、その後は凡退。結局1点を返すことが出来ず、そのまま負けてしまったのだ。
 試合が終わり、整列して挨拶をした後、選手の多くが泣いた。3年生はこれで引退。僕も涙が溢れた。

 一度学校に帰って、荷物などを片付け、一応これで3年生が引退だからと挨拶を簡単にして、解散になった。ほとんどみんな泣いていて、1人ずつの挨拶などは出来なかった。キャプテンの正継が代表して挨拶し、次のキャプテンを名指しして、後を頼むと言って終わりになった。僕はマネージャーとして、一度ちゃんと引き継ぎをしなければならないだろう。だが、今日はそういう話は出来ないと思った。
 帰ろうとすると、
「瀬那、ちょっといいか。」
遼悠が珍しく、というか久しぶりに僕に声を掛けてきた。
「うん。」
結局、また一駅分歩いて帰ることになった。何を話すって言うんだよぅ。

 二人して、黙って歩いた。けれども、例の公園の横を通った時、
「寄っていかないか。」
遼悠がそう言って、公園の中を指さした。
 二人で並んでベンチに座った。またこういう展開になるとは。だが、今度は前回とは全く違う。二人の関係が。
「残念だったな。」
僕は遠慮がちにそう言った。
「負けちまった……。」
ポツリと遼悠が言った。
「仕方ないよ。お前の肩、万全じゃなかったし。」
「いや、肩はもう治ってたよ。むしろ休んでいたお陰で調子が良かったんだ。手の豆も治ったし。なのに、負けた。完敗だよ。」
「甲子園、夢だったのにな。」
「お前を、もう一度甲子園に連れて行ってやりたかった。そんで……。」
遼悠の言葉が急に途切れたので、僕は遼悠の顔を見た。すると、あいつの目には涙がいっぱいに溜まっていた。
「遼悠……。」
「お前を甲子園に連れて行ったら、また俺のモノになれって言うつもりだったのに。」
耳を疑った。いや本当に、聞き間違いかと。
「なのに、負けちまった。俺は、お前を取り戻せなかった……。」
と言ったかと思うと、遼悠は、
「くっ。」
という音と共に、泣き出した。
「うううっ。」
と、嗚咽まで漏らして。僕は一瞬呆気にとられて動けなかった。
 遼悠は、みんなの前では泣いていなかった気がする。こいつがこんな風に泣くなんて信じられなかった。あまりに遼悠が泣き続けるので、僕は、いたたまれなくなってそっと肩を抱いた。そうして、遼悠が落ち着くまで、肩をポンポンとゆっくり叩いていた。
 しばらくして、遼悠が落ち着いたので、鞄からタオルを出して遼悠に渡した。
「サンキュ。」
遼悠はそう言うと、タオルで涙を拭いた。
「お前にとって、甲子園は特別だったんだな。」
僕がぽつりと言うと、意外な言葉が返ってきた。
「いや、俺にとっては大した事じゃない。俺は大学で野球を続けるし、プロになるつもりはないしな。」
「え、そうなの?将来の夢とかあるの?」
「まだ分からない。」
「そっか。」
「瀬那は?大学行くんだろ?」
「うん。スポーツ科学系の学部を受けようと思ってるよ。」
「そっか。」
一瞬二人して黙る。いやいや、もっと何か引っかかるものがあったはず。
「ん?甲子園に行けない事は大した事じゃないのに、あんなに泣いたのか?」
「悔しかったからだよ。お前が俺のモノにならないから。」
「は?それって、賭けの話?」
僕はまだ訳が分からなかった。泣くほど残念なのは、賭けに負けたから?賭けって言っても、つまり僕が遼悠のモノにならないから?僕はフラれたんじゃなかったか?
「僕、何が何だか分からないんだけど。遼悠は、僕をどうしたいわけ?所有物にでもしたいの?」
「そう。」
「バカじゃないの?僕はモノじゃないだろ。」
「あ……いや、そういう意味ではなくて。」
「じゃあ、何だよ。」
「俺のモノに、じゃない、俺の恋人になって欲しい。」
絶句した。何を言ってるんだ。散々無視しておいて。
「何言ってるんだよ。僕はね、お前にフラれたんだと思ってたんだぞ。そりゃ、僕も悪かったけどさ、お前ずっと僕の事無視してて、今更何だよ!」
「せ、瀬那、怒るなよ。俺は、お前にずっとLINE無視されて、もう嫌われたと思って、それでショックで。だから、甲子園に連れて行って、俺のモノにして、それからまた好きになってもらえばって。」
僕は大きくため息をついた。バカだね。お互いバカだね。
「僕たち、お互いに嫌われたと思って、終わってたんだ。」
「俺は、瀬那を嫌いになんてなってないぞ。」
「僕だって、遼悠を嫌いになった事なんてないよ。」
「それじゃあ……好きか?俺の事。」
「う、うん。」
遼悠は飛びかかってきた、と思うくらいの勢いで僕を抱きしめた。
「うわ、びっくりした。」
「瀬那―、好きだ、俺はお前が好きなんだよー。」
びっくりだ。遼悠は意外に熱い奴だったのか。
「く、苦しいよ。放せって。」
僕が遼悠の腕を振り解こうともがくと、遼悠はその僕の両腕を逆に掴んできた。
「わ、ちょっと待て、外で変な事するなよ!」
僕がそう言っているのに、遼悠は僕の手を離そうとしない。そして、やっぱり……唇を奪われたのだった。