「瀬那センパーイ!」
泣きそうな顔で、将太が近くにやってきた。僕はその日の部活に久しぶりに出たのだった。まあ、なんだかんだ言って、ちゃんと部活の用意をしてきていたわけだけれど。
「将太、どうした?」
「本当に、すみませんでした。」
また謝っている。
「謝るなよ。僕にボールは当たってないんだからさ。」
僕が笑ってそう言うと、
「そうなんですけど……。」
まだ浮かぬ顔の将太である。
「もし、予選で負けるような事があったら、僕もう、先輩達に顔向けが出来ないっすよ。野球を続けていく自信がないっす。」
しょげまくっている。
「将太、大丈夫だよ。お前だって、秋からはうちのエースなんだからさ。最初の2、3試合くらい、余裕だって。」
「いや、そんな事ないっすよー。でもまあ、確かに秋からは俺がエース、ですよねえ。」
将太の顔がちょっとにやけている。
「そうそう、だから自信持って。まずはメンタル。あとは運だから。」
「はい!とにかく頑張って練習します!」
将太は元気を取り戻し、グランドへ走って行った。
「わあ、瀬那先輩流石ですねー。本当にマネージャーに向いてますよ。」
いつの間にか芽衣ちゃんがいて、そう言ってくれた。
「あ、芽衣ちゃん。あの、しばらく休んじゃってごめん。」
「いえいえ。でも良かった。明日瀬那先輩がいなかったら、誰がスコア付けるのかなーって、不安でしたよ。」
芽衣ちゃんはそう言って笑った。
「そっか、芽衣ちゃんと穂高にも、ちゃんとスコアの付け方教えなきゃね。」
ちなみに、花梨ちゃんと綾乃ちゃんには、去年教えたのだが、覚えられないと言われたのだった。
翌日、雲行きが怪しい土曜の午後。我が東尾学園は夏の高校野球東東京大会予選の第一戦を迎えた。梅雨明け前の、どんよりとした空。
「雨が降らないといいけど。」
空を見上げて、僕はそうつぶやいた。
ベンチに入り、スコアブックを持って座った。レギュラー以外はスタンドにいる。怪我をしている遼悠も、スタンドで見ているのだった。
「将太、リラックス、リラックス!」
将太が正継にそう言われていた。日焼けした顔ではあるが、心なしか青い顔をしているように見える将太。こりゃいかん。
「将太、まずは打たれてこい!」
僕がそう声を掛けると、え?という顔をして将太がこちらを見た。僕は親指を立ててニヤっと笑った。将太は照れたように笑った。
試合が始まり、やはり途中からぽつぽつと雨が降り始めた。だが、試合を中断するほどは降らず、続いた。
「暑い日じゃなくて良かったですね。」
僕が監督に言うと、
「うん、そうだな。」
と、監督も言った。
試合はしばらく膠着状態だったが、徐々に両校とも打ち始めた。だが、守備では断然うちが上回っており、打たれてもほとんどベースを踏ませないのだった。それに反して、うちの攻撃は徐々に塁を進めて行き、とうとう1点を取った。
そして、9回に正継がホームランを打ち3-0で東尾学園が勝利したのだった。
「今日は固くなっていたな。3点くらいじゃ物足りないぞ。次の試合では8点くらい取れ!」
「はい!」
監督のお言葉があり、解散になった。雨がしとしとと降り、蒸し暑くなっていた。
次の試合は、雲の切れ間から時々日差しが降り注ぎ、とにかく暑かった。僕は氷をたくさんベンチに持ち込み、タオルと一緒にしておいた。選手がベンチに戻ってくる度に冷たいタオルを手渡した。
「サンキュ、おー冷たい!生き返るぜ。」
そう言ってもらえると嬉しかった。
だいぶ接戦になってハラハラしたが、辛うじて勝つことが出来た。勝った時には将太が泣いた。
「おいおい、まだ2回戦目だぞ。」
他の選手はそう言って笑った。
遼悠が怪我をして2週間が経った。遼悠は最初の内こそ制服のまま部活を見学していたが、最近はあまり姿を見せなかった。だが、2週間経った今日、遼悠はユニフォームを着て部活に出てきた。
「遼悠先輩!もう肩はいいんですか?」
遼悠の姿を見た将太が、真っ先に駆けつけてそう聞いた。
「ああ、ぼちぼち投げてみようと思ってな。」
「良かったー!」
将太は心から安心した、という顔をした。
「センパーイ、良かったぁ。」
「はい、お水です!」
いつもつまらなそうにしていた花梨ちゃんと綾乃ちゃんも、嬉しそうに遼悠に寄っていった。だが、僕はあいつに近づけなかった。遼悠の方でも、僕の事を見ようともしなかった。
僕は、フラれたのか。やっぱりそうなんだな。どうしてフラれたんだろう。僕のせいで怪我をしたから?いや、そうじゃない。僕を助けてくれたんだから、あの時は僕を好きだったはず。じゃあ、僕が遼悠のLINEを無視して部活を休んでいたから?きっとそれだな。僕の家に来てくれたのに、追い返しちゃったしな。
絶望的な気分になった。だが、僕は遼悠のためにここにいるわけじゃない。野球部のため、自分のため。だから、もう遼悠のことは気にすまい。
泣きそうな顔で、将太が近くにやってきた。僕はその日の部活に久しぶりに出たのだった。まあ、なんだかんだ言って、ちゃんと部活の用意をしてきていたわけだけれど。
「将太、どうした?」
「本当に、すみませんでした。」
また謝っている。
「謝るなよ。僕にボールは当たってないんだからさ。」
僕が笑ってそう言うと、
「そうなんですけど……。」
まだ浮かぬ顔の将太である。
「もし、予選で負けるような事があったら、僕もう、先輩達に顔向けが出来ないっすよ。野球を続けていく自信がないっす。」
しょげまくっている。
「将太、大丈夫だよ。お前だって、秋からはうちのエースなんだからさ。最初の2、3試合くらい、余裕だって。」
「いや、そんな事ないっすよー。でもまあ、確かに秋からは俺がエース、ですよねえ。」
将太の顔がちょっとにやけている。
「そうそう、だから自信持って。まずはメンタル。あとは運だから。」
「はい!とにかく頑張って練習します!」
将太は元気を取り戻し、グランドへ走って行った。
「わあ、瀬那先輩流石ですねー。本当にマネージャーに向いてますよ。」
いつの間にか芽衣ちゃんがいて、そう言ってくれた。
「あ、芽衣ちゃん。あの、しばらく休んじゃってごめん。」
「いえいえ。でも良かった。明日瀬那先輩がいなかったら、誰がスコア付けるのかなーって、不安でしたよ。」
芽衣ちゃんはそう言って笑った。
「そっか、芽衣ちゃんと穂高にも、ちゃんとスコアの付け方教えなきゃね。」
ちなみに、花梨ちゃんと綾乃ちゃんには、去年教えたのだが、覚えられないと言われたのだった。
翌日、雲行きが怪しい土曜の午後。我が東尾学園は夏の高校野球東東京大会予選の第一戦を迎えた。梅雨明け前の、どんよりとした空。
「雨が降らないといいけど。」
空を見上げて、僕はそうつぶやいた。
ベンチに入り、スコアブックを持って座った。レギュラー以外はスタンドにいる。怪我をしている遼悠も、スタンドで見ているのだった。
「将太、リラックス、リラックス!」
将太が正継にそう言われていた。日焼けした顔ではあるが、心なしか青い顔をしているように見える将太。こりゃいかん。
「将太、まずは打たれてこい!」
僕がそう声を掛けると、え?という顔をして将太がこちらを見た。僕は親指を立ててニヤっと笑った。将太は照れたように笑った。
試合が始まり、やはり途中からぽつぽつと雨が降り始めた。だが、試合を中断するほどは降らず、続いた。
「暑い日じゃなくて良かったですね。」
僕が監督に言うと、
「うん、そうだな。」
と、監督も言った。
試合はしばらく膠着状態だったが、徐々に両校とも打ち始めた。だが、守備では断然うちが上回っており、打たれてもほとんどベースを踏ませないのだった。それに反して、うちの攻撃は徐々に塁を進めて行き、とうとう1点を取った。
そして、9回に正継がホームランを打ち3-0で東尾学園が勝利したのだった。
「今日は固くなっていたな。3点くらいじゃ物足りないぞ。次の試合では8点くらい取れ!」
「はい!」
監督のお言葉があり、解散になった。雨がしとしとと降り、蒸し暑くなっていた。
次の試合は、雲の切れ間から時々日差しが降り注ぎ、とにかく暑かった。僕は氷をたくさんベンチに持ち込み、タオルと一緒にしておいた。選手がベンチに戻ってくる度に冷たいタオルを手渡した。
「サンキュ、おー冷たい!生き返るぜ。」
そう言ってもらえると嬉しかった。
だいぶ接戦になってハラハラしたが、辛うじて勝つことが出来た。勝った時には将太が泣いた。
「おいおい、まだ2回戦目だぞ。」
他の選手はそう言って笑った。
遼悠が怪我をして2週間が経った。遼悠は最初の内こそ制服のまま部活を見学していたが、最近はあまり姿を見せなかった。だが、2週間経った今日、遼悠はユニフォームを着て部活に出てきた。
「遼悠先輩!もう肩はいいんですか?」
遼悠の姿を見た将太が、真っ先に駆けつけてそう聞いた。
「ああ、ぼちぼち投げてみようと思ってな。」
「良かったー!」
将太は心から安心した、という顔をした。
「センパーイ、良かったぁ。」
「はい、お水です!」
いつもつまらなそうにしていた花梨ちゃんと綾乃ちゃんも、嬉しそうに遼悠に寄っていった。だが、僕はあいつに近づけなかった。遼悠の方でも、僕の事を見ようともしなかった。
僕は、フラれたのか。やっぱりそうなんだな。どうしてフラれたんだろう。僕のせいで怪我をしたから?いや、そうじゃない。僕を助けてくれたんだから、あの時は僕を好きだったはず。じゃあ、僕が遼悠のLINEを無視して部活を休んでいたから?きっとそれだな。僕の家に来てくれたのに、追い返しちゃったしな。
絶望的な気分になった。だが、僕は遼悠のためにここにいるわけじゃない。野球部のため、自分のため。だから、もう遼悠のことは気にすまい。