岳斗が目覚めると、ちょうど海斗が外から帰って来たところだった。
「朝飯買って来たぞ。」
海斗は、コンビニでサンドイッチと牛乳を買って来た。昨日まで留守にしていたから、食材が何もないのだ。それに気づいた岳斗は、坂上のアパートでの暮らしとさほど変わらないのに、なんと色が違って見える事か、と思った。もちろん、あの古い安アパートに比べたら、こっちはお洒落でイケてるアパートなのだが。
「ありがと。」
岳斗は起きて顔を洗った。

 「明日は入学式だな。今日はどうする?」
向かい合わせで食事をしながら、海斗が言った。
「俺、旭山動物園に行きたい。」
岳斗がそう言うと、海斗は顔を上げた。
「あー、そうだな。ここから近いからな。」
と、言った。
「もう何度も行ったの?」
岳斗が聞くと、
「いや、うちの大学は地元民が多いから、今更動物園に行こうってやつはいないよ。バイトしてるやつが多いな。」
と、海斗が言った。
「バイト?いいね、俺もそこでバイトしようかな。」
「お前、土日をバイトで潰す気か?俺との時間がなくなるじゃないか。それに、あそこは夏休みがメインだから、東京に帰る俺たちには向いてないよ。」
「なるほど。で、今日は連れて行ってくれる?」
「ああ、いいよ。」
ということで、二人は旭山動物園へ出かけた。
 春休みなので、子供が多かった。岳斗と海斗がチケットを買って入場口に行くと、
「あ、海斗と岳斗くん!」
なんと、チケットを切っているのは葵だった。
「おう、お疲れ。」
と、海斗が言った。バイトをしている友達に会ってしまう可能性があったのか、と今更ながら岳斗は思った。迂闊な事は出来ないな、とも。どのみち、子供がいっぱいいる中で変な事はしないつもりだが。
 空飛ぶペンギンを見たり、ハリーポッターに出てくるようなフクロウを見たり、水に飛び込む白熊を見たり、岳斗は楽しいひと時を過ごした。
「そろそろ帰るか?」
出口が見えたので、海斗がそう言った。
「そうだね。あ、でも最後にソフトクリームが食べたい。」
岳斗は、ソフトクリームの旗を見て言った。
「分かった分かった、買ってきてやるから、そこの椅子に座って待ってろ。」
海斗がそう言ったので、岳斗は外に置かれた椅子に腰かけた。すると、作業着を着たままの葵が通りかかった。
「あ、岳斗くん。」
そう言って、葵は岳斗のところへ近寄ってきた。
「海斗は?」
「今、ソフトクリームを買いに行ってます。」
岳斗は、少し離れたところに並んでいる海斗を指さした。大した列ではないが、数人が並んでいる。カップルもいるし、子供を連れた父親なども並んでいるが、海斗はひときわ背が高く、目立っている。
「あのさ、岳斗くんに聞きたい事があるんだけど。」
葵はそう言って、岳斗の隣に座った。
「海斗さ、前は毎日バイト入れてたのに、先月からほとんど入れてないみたいなのよね。」
「はあ。」
そういえば、最近は週二回のバイトにしたと、海斗から聞いていた岳斗である。混み合う金曜と土曜の夜だけに。
「今まではさ、毎月彼女に会うために、東京に帰る交通費を頑張って稼いでたわけでしょ。バイトを大幅に減らしたって事は、つまり、彼女と別れたって事なのかな?」
昨日、聞かれても答えられなかったから勘ぐられてしまった、と岳斗は思った。そして、またもや答えに窮していると、
「それはな、分かれたんじゃなくて、そいつがこっちに来たからだよ。」
これまたびっくりさせられた岳斗。海斗がソフトクリームを一つ持ち、そこに立っていたのだ。
「あ、海斗。……え?こっちに来た?じゃあ、一年生の中にいるって事?」
「さあね。ほら、お前は仕事だろ。」
海斗はあっちへ行けとばかりに手をひらひらさせた。そして、岳斗のソフトクリームをペロリと舐めた。
「あ?俺のじゃないの?」
岳斗が目を丸くして言うと、
「お前と俺の、だよ。」
と言って、海斗はソフトクリームを岳斗の口元に持っていった。ソフトクリームを二人で舐め合うなど、おかしいだろうと岳斗は思い、ふと前方に座っているカップルに目が行った。そのカップルはぴったりとくっついて座り、やはり一つのソフトクリームを二人で交互に舐めていた。岳斗は急に恥ずかしくなった。そして海斗の手からさっとソフトクリームを取り上げて、独りで食べ始めた。
「あー、俺にもくれよー。」
海斗はそう言ってソフトクリームに顔を近づける。つまり、岳斗の顔にも近づいたわけで……。穴があったら入りたい、と思った岳斗であった。