山の頂上でバカヤローと叫び、下山して、岳斗の山岳部生活は終わった。部長を務めてくれた萌と共に、後輩たちに拍手で送られた。これから、希望通りの学部に入れるよう、テストを頑張らないといけない。工学部に入るために。工学部に……もちろんやりたい事が出来るから、という理由もある。だが、海斗と一緒に暮らす為というのが岳斗の本音だった。もし、海斗に他に好きな人が出来たら、それでも兄弟のフリをして一緒に暮らすのだろうか。そんな事が出来るのだろうか、と岳斗は考えた。
 岳斗は胸の潰れるような思いで、また夜行バスに乗って地元に帰って来た。朝方に東京に到着し、家に帰って来たのは午前十時頃だった。岳斗は玄関を開け、海斗の靴があるのを見て、増々胸がザワザワした。不安だった。海斗がどんな風に変わってしまったのか、知るのが怖いと思った。
 洋子が出迎えてくれて、岳斗は風呂場へ直行した。海斗はまだ寝ているのだろうか、と思いながら。岳斗がシャワーを浴びて浴室を出ると、バスタオルが取りやすい所に置いてあった。岳斗は、洋子が置いてくれたのだろうと思ってそれを手に取り、体を拭いていると、
「はい、パンツ。」
と言って、岳斗の下着を手に持っている海斗がそこにいた。
「わっ!いたの?」
岳斗はびっくりして、思わずタオルで前を隠した。
「待ちきれなかったんだよ。岳斗、お帰り。」
と言って、海斗が岳斗を抱きしめようとする。
「ちょ、ちょっと待て!履いてから、ねえ!」
岳斗は必死に海斗の手から下着を奪い取り、海斗に背中を向けた。パンツを履く岳斗を、海斗は背中から抱きしめた。
「会いたかったよ、岳斗。」
「海斗。」
海斗がバスタオルをスルスルッと引っ張った。そして、二人はハグを……
「こら、何やってんの。」
突然ドアが開いて、洋子が睨んだ。きゃー!と叫ぶ一歩手前でとどまった岳斗である。
「はいはい。」
海斗はニヤついた顔でそう言って、出て行った。岳斗はドギマギしながら服を着た。

 杞憂だった、と言うべきか。岳斗の不安は何だったのか。海斗は食事中も岳斗の顔をジーッと見て、時々
「あーん。」
と言って食べさせるし、テレビを見ている時も、テレビではなく岳斗の事ばかり見て、時々指で岳斗の顔や髪の毛を触る。
「やっぱさあ、岳斗は可愛いなあ。」
うっとりしながらそんな事を言う海斗。甘い。
「岳斗、一緒に風呂入ろうぜ。」
と言った時には、
「まだ早い!」
と、洋子に怒られていた。
 また、毎日一緒にいられる日々がやってきた。鉄道旅行の事を、岳斗は聞きそびれていた。誰と一緒だったのか、とか、自分に早く会いたくなかったのか、とか。しかしそれも、今となってはバカバカしい事この上ない。海斗には海斗の交友関係があるのだ。岳斗が山岳部の合宿に行くのと同じだ。会いたくても優先する物はある。海斗にとって、バイトや授業や、友達との旅行など。そう、自分に言い聞かせる岳斗。それでも、誰と旅行に行ったのか、どうしても知りたかった。
「海斗、帰って来る前の旅行、どこに行ったの?」
岳斗は、海斗が誰と行ったのかに興味があったのだが、まずはどこに行ったのかを聞いた。
「えーと、函館と盛岡と仙台と那須塩原。写真見るか?」
海斗はスマホの写真を岳斗に見せた。景色や建物の写真に交じって、自撮り写真もあった。その後ろに、時々友達が写り込んでいる。
 そして、岳斗は見つけてしまった。髪の長い、美人女子を。
「これ、後ろに写ってる人、友達?」
岳斗は思わず聞いた。
「え?ああ、うん。」
歯切れが悪い、と岳斗は感じた。岳斗がちらっと海斗の顔を見ると、視線に気づいてか、海斗も岳斗の顔を見た。
「何だよ、まさかお前、こういう女が好みなのか?」
思わず、おっ、と驚いた岳斗。それは何とも言えない。心配になるくらい美人だと思った。つまり、岳斗の好みという事なのかもしれない。
「違うよ。っていうか、この人も一緒に泊まったの?海斗、まさか女子と同じ部屋に……?」
「いや、こいつ全然気にしないんだよ。女子一人だからさ、一人だけ違う部屋なのは嫌だって言うし。」
「そもそも何人で旅行したの?」
「あー、五人。」
「四人男子で、一人女子なんだ。」
「そう。あのさ、工学部って女子が少ないから、そんな感じの割合なんだよ。」
それはそうかもしれないが、他に写っている男子を見ても、特別かっこいい人は見当たらない、と岳斗は思った。おそらく、いや間違いなく、この女子は海斗の事が好きなのではないか。海斗も、自分で分かっているのではないか。
「何だよ、その目は。」
海斗が言った。