テストが終わった金曜日。クラス中が浮かれまくっている。
 海斗からは、あれから電話もLINEも来なかった。テストの為にと煩悩を封じ込めていた岳斗だが、テスト勉強から解放されて晴れ晴れとした顔をした級友たちが、遊びに行く計画を話したりしているのを聞くにつけ、無性に悲しくなってきた。自分は、まさか失恋したのだろうか。こんな風にあっさりと。だが、二人は戸籍上兄弟だ。海斗は夏休みには家に帰って来るのだ。その時、あいつはどんな顔をして帰って来るのだろろうか、と岳斗は考えた。
 怒りとか、悲しみとか、いろんな負の感情が湧き出して来て、気を許したら涙がこぼれそうになる。岳斗は部活のトレーニングに精を出して汗を流し、帰宅してすぐに風呂に入った。風呂の中で泣いた。顔をぐちゃぐちゃにして、泣いた。
 少々瞼が腫れぼったいが、何食わぬ顔で夕飯を食べ、岳斗が部屋へ戻ろうと階段を上りかけると、玄関のドアがガラッと開いた。隆二にしては早い、と岳斗が思って見やると、
「ただいま!」
何と、そこに海斗が立っていた。そして、靴を脱ぐのももどかしい様子で、海斗は急いで上がってきて、岳斗を思いっきり抱きしめた。
「岳斗!」
岳斗はびっくりし過ぎて、声も出なかった。びっくりしたからなのか、胸がドキドキしている。すると、
「誰か来たの?あら?海斗?なに、あんたどうしたの?」
洋子が現れて、素っ頓狂な声を出した。洋子とて、当然驚くだろう。
「ただいま。いや、ちょっと帰って来ただけだから。また明日には北海道に戻るよ。」
と、海斗は洋子に行った。岳斗を抱きしめたまま。

 洋子は喜んで、海斗に夕飯を食べさせた。隆二の分が無くなった。海斗は洋子に、バイトを始めた事や、大学がどんな感じなのかを話して聞かせた。そして、帰って来た理由は、
「俺、何カ月も岳斗に会わないの、無理だ。だからバイトして、交通費稼いで帰って来たんだ。月に一度は帰って来ようと思う。そのためにバイトと学業を頑張んないとだから、ちょっと電話とかしてる暇なくなるけど。」
だそうだ。これを、岳斗と洋子の前でケロッと言ってのけたのだ。
 そんなわけで、岳斗と海斗は夜、岳斗の部屋のベッドの中にいた。
「あのさ、二週間くらい前に電話したら、女の子が出たんだけど。」
海斗が岳斗の事を離さないので、狭いのを承知で、二人で岳斗のベッドに寝ていた。こんな状況で、浮気を疑うというのも変だが、岳斗は海斗の腕の中でそう言ってみた。
「え?ごめん、気づいてなかった。バイト中かな。」
「土曜日だよ。」
「土日もバイト入れてるから。たぶん、休憩室に置きっぱなしにした時だろうな。」
そう言われると、返す言葉がない岳斗。実際、そうだったのだろうと思ってしまう。
「でも、俺はちょっとでもいいから声が聞きたかったのに。」
「そっか。ただ、お前テスト期間中だっただろ?だから、勉強の邪魔しちゃいけないと思ってさ。」
「え?テストの予定知ってたんだ?」
「だって、毎年同じじゃないか。」
そうだった。同じ学校だったから知っているのは当然だ。
「でもさ、LINEくらい返してくれたっていいじゃないか。」
岳斗は、ちょっと目がウルウルしてしまった。今こうされていても、やっぱり不安が消えない。
「岳斗?泣いてるのか?」
岳斗は先ほど泣いたものだから、涙腺が緩んでしまっていた。今日会えると分かっていたら、泣いたりはしなかったのに。
「なんで、今日来るって教えてくれなかったんだよ。」
「今日来られるとは限らなかったんだ。空港行って、キャンセル待ちして、キャンセル出たから飛行機に乗れたんだよ。もしかしたら、明日の朝になっていたか、あるいは今週は来られなかったかもしれなかったんだ。もし、期待させてダメになったらって思って……。」
海斗は言葉を切って、チュッと短いキスをした。
「ごめんな、寂しい思いさせて。」
海斗は岳斗の頭を何度も撫でた。両親も、流石にこの状況を許さざるを得なかった。たった一日の為に帰って来た海斗を、岳斗から引き離したりは出来なかったのだ。
 そして翌日、岳斗と海斗は午後から羽田空港へ行った。両親は遠慮してくれた。元々夏休みまで会えないと思っていた息子が、また来月も帰って来ると言うのだから、それほど別れを惜しまなくても良いのだろう。海斗と岳斗は空港で、飛行機のキャンセル待ちをした。
 観光シーズンではないし、土曜日の午後という半端な時間ゆえ、それほど客も多くなくて、キャンセル待ちも長くはなかった。座って待っている間、海斗は岳斗にべったりで、肩に腕を回し、絶えず顔で岳斗の頭をスリスリしている有様。時々顔を見て、頬を撫でるなども。たまに人からチラッと見られるのが恥ずかしいと思う岳斗。だが、またしばらく会えないから、拒むことが出来なかった。
「じゃあ、行くな。」
「うん。」
「また来るから。」
「うん、待ってる。」
そうして、海斗は搭乗口へ消えて行った。でも良かった、と岳斗は思った。海斗が心変わりしたのではなくて。他にいい人がいたら、こんな風に帰ってきたりはしないはずだ。岳斗は、寂しいという気持ちを打ち消すため、海斗は自分の事が大好きなのだ、と自分に言い聞かせた。だから、嬉しい。嬉しいのだ、と言い聞かせる。胸が痛いくらい、嬉しいのだ。