四月。新学年を迎え、海斗は三年生、岳斗は二年生になった。無事、変わらぬ毎日を過ごしてきた岳斗。最近は、土曜日には海斗の試合の応援をしに行き、日曜日には岳斗が城崎家へ赴く事が多くなった。たまには外でデートもするが、海斗がゆっくりしたいだろうからと、岳斗が早めに行って、両親との時間を過ごし、海斗が起きてきたら四人でご飯を食べ、二~三時間海斗の部屋で二人で過ごすという感じだった。両親も、そのくらいなら二人きりの時間を許してくれた。
ただ、一つ気がかりな事が岳斗にはあった。坂上の事だ。最近、家で酒を飲む事が多くなって来ていた。岳斗と一緒に住み始めた頃は、時々ビールを一缶飲む程度だったのが、正月辺りから日本酒の一升瓶を買ってくるようになり、それを飲んでだいぶ酔っぱらっていた。飲むのはいいが、酔ってふらついて物を壊したり、何かわけの分からない事を岳斗に向かって怒鳴ったりするのが嫌だった。岳斗はいつも無視している。関わらないようにするのが精一杯だった。
ある日、学校で弁当を食べていると、
「相談があるんだ。」
と、海斗が言った。
「何?」
岳斗が応える。
「大学の進路希望を出すんだけどさ。俺、工学部にしようと思うんだ。」
「ここの系列大学の工学部って、北海道にキャンパスがあるんだよね?他大学を受けるのか?」
「いや、系列大学の工学部だよ。北海道の。それでさ、お前も工学部に来れば、俺たち向こうで一緒に住めるじゃん。」
海斗はどうだ、いい考えだろうと言わんばかりの得意顔だった。
「お前、理系だよな?工学部がいいと思わないか?」
海斗が言った。岳斗も、多少は進路の事を考えていた。工学部に興味があったが、北海道に行くのは無理だと思い、それなら他大学を受ける事になるが、難しいだろうと思っていた。理学部ならば神奈川県にキャンパスがあるから、そっちにしようかな、などと考えていた。
「今のままだと、いつまでも一緒に暮らせないだろ?うちの両親が許してくれたとしても、お前が親父の元を離れてうちに来るタイミングが難しいと思うんだよ。でも、北海道のキャンパスに通うなら、向こうで下宿するわけで、そうしたら兄弟一緒に暮らすのは当たり前だろ?」
そんな時だけ兄弟だなどと、虫が良すぎるような気もするが、それで確かに筋が通るというか、スムーズに事が運ぶに違いない、と岳斗は思った。他大学を受ける事は、リスクも大きい。受験なしで行ける系列大学の工学部に行く、それは説得力がある。
だが岳斗は、なんだかモヤモヤする。胸の中でアラーム音が鳴りやまない。何かすごく困る事がある。それは何だろう、と考えた岳斗。そして答えが出た。それは、岳斗と海斗は学年が一つ違うという事だ。つまり、海斗が一年先に北海道へ行ってしまう。一年間、離れて暮らす事になるのだ。そんなのつら過ぎる、と思ったのだ。
「海斗は平気なのか?」
「何が?」
「一年も離れていて。」
「平気だよ。いや四年だろ?親元を離れるのも悪くないじゃん?」
「いや、親じゃなくて、俺と。」
海斗は急に言葉を失い、岳斗の顔を凝視した。
「え?まさか、俺とお前、同時に行くと思ってた?」
岳斗は思わず声を大きくした。
「わ、すれてた。お前、年下だっけ。」
海斗は表情を無くしてそう言った。
「バカなの?」
岳斗は思わず言ってしまった。
「お前が、そういう口の利き方するから!」
海斗はそう言うと、あーと言っておでこに手を当て、天を仰いだ。
「俺ダメ、一年も我慢できない。」
海斗がそう言うのを聞いて、岳斗は少し冷静になった。先ほどまで、海斗があまりに平気そうだったものだから、つい怒ってしまったのだが。
「父さんと母さんには相談したのか?」
岳斗が聞くと、
「うん。父さんは俺に工学部に入って欲しいみたいで、北海道に行ってこいって言ってた。父さんも工学部出身だし、将来性があるからとか。母さんも概ね賛成みたいだったよ。」
海斗はおでこに手を当てたまま、そう答えた。
「それなら、北海道に行けよ。俺も来年行くから。」
海斗が岳斗の顔を見た。
「でも、心配だなあ。俺がいない間。」
いかにも心配そうな顔をして海斗が言う。心配なのはこっちだよ、と岳斗は思った。東京にいてもこれだけ目立っているのに、地方へ行ったらどんな事になるのやら。それこそ毎日電話しないと……と思ったが、考えてみたら、電話しても出なかったり、出たのが女だったり、男だったり、何が起こっても心配でいても立ってもいられないのではないか。今さっき言った事を既に後悔し始めた岳斗だった。
「考えてみるよ。」
海斗はそう言った。
ただ、一つ気がかりな事が岳斗にはあった。坂上の事だ。最近、家で酒を飲む事が多くなって来ていた。岳斗と一緒に住み始めた頃は、時々ビールを一缶飲む程度だったのが、正月辺りから日本酒の一升瓶を買ってくるようになり、それを飲んでだいぶ酔っぱらっていた。飲むのはいいが、酔ってふらついて物を壊したり、何かわけの分からない事を岳斗に向かって怒鳴ったりするのが嫌だった。岳斗はいつも無視している。関わらないようにするのが精一杯だった。
ある日、学校で弁当を食べていると、
「相談があるんだ。」
と、海斗が言った。
「何?」
岳斗が応える。
「大学の進路希望を出すんだけどさ。俺、工学部にしようと思うんだ。」
「ここの系列大学の工学部って、北海道にキャンパスがあるんだよね?他大学を受けるのか?」
「いや、系列大学の工学部だよ。北海道の。それでさ、お前も工学部に来れば、俺たち向こうで一緒に住めるじゃん。」
海斗はどうだ、いい考えだろうと言わんばかりの得意顔だった。
「お前、理系だよな?工学部がいいと思わないか?」
海斗が言った。岳斗も、多少は進路の事を考えていた。工学部に興味があったが、北海道に行くのは無理だと思い、それなら他大学を受ける事になるが、難しいだろうと思っていた。理学部ならば神奈川県にキャンパスがあるから、そっちにしようかな、などと考えていた。
「今のままだと、いつまでも一緒に暮らせないだろ?うちの両親が許してくれたとしても、お前が親父の元を離れてうちに来るタイミングが難しいと思うんだよ。でも、北海道のキャンパスに通うなら、向こうで下宿するわけで、そうしたら兄弟一緒に暮らすのは当たり前だろ?」
そんな時だけ兄弟だなどと、虫が良すぎるような気もするが、それで確かに筋が通るというか、スムーズに事が運ぶに違いない、と岳斗は思った。他大学を受ける事は、リスクも大きい。受験なしで行ける系列大学の工学部に行く、それは説得力がある。
だが岳斗は、なんだかモヤモヤする。胸の中でアラーム音が鳴りやまない。何かすごく困る事がある。それは何だろう、と考えた岳斗。そして答えが出た。それは、岳斗と海斗は学年が一つ違うという事だ。つまり、海斗が一年先に北海道へ行ってしまう。一年間、離れて暮らす事になるのだ。そんなのつら過ぎる、と思ったのだ。
「海斗は平気なのか?」
「何が?」
「一年も離れていて。」
「平気だよ。いや四年だろ?親元を離れるのも悪くないじゃん?」
「いや、親じゃなくて、俺と。」
海斗は急に言葉を失い、岳斗の顔を凝視した。
「え?まさか、俺とお前、同時に行くと思ってた?」
岳斗は思わず声を大きくした。
「わ、すれてた。お前、年下だっけ。」
海斗は表情を無くしてそう言った。
「バカなの?」
岳斗は思わず言ってしまった。
「お前が、そういう口の利き方するから!」
海斗はそう言うと、あーと言っておでこに手を当て、天を仰いだ。
「俺ダメ、一年も我慢できない。」
海斗がそう言うのを聞いて、岳斗は少し冷静になった。先ほどまで、海斗があまりに平気そうだったものだから、つい怒ってしまったのだが。
「父さんと母さんには相談したのか?」
岳斗が聞くと、
「うん。父さんは俺に工学部に入って欲しいみたいで、北海道に行ってこいって言ってた。父さんも工学部出身だし、将来性があるからとか。母さんも概ね賛成みたいだったよ。」
海斗はおでこに手を当てたまま、そう答えた。
「それなら、北海道に行けよ。俺も来年行くから。」
海斗が岳斗の顔を見た。
「でも、心配だなあ。俺がいない間。」
いかにも心配そうな顔をして海斗が言う。心配なのはこっちだよ、と岳斗は思った。東京にいてもこれだけ目立っているのに、地方へ行ったらどんな事になるのやら。それこそ毎日電話しないと……と思ったが、考えてみたら、電話しても出なかったり、出たのが女だったり、男だったり、何が起こっても心配でいても立ってもいられないのではないか。今さっき言った事を既に後悔し始めた岳斗だった。
「考えてみるよ。」
海斗はそう言った。