岳斗の父親、坂上は、仕事の時間が決まっていない。岳斗が学校から帰ると、いる時もあるし、夜遅くまで帰って来ない日もある。岳斗は幸い家事に割と慣れているので、洗濯や掃除もやり、軽く料理もした。坂上はそんな岳斗を誉めるが、岳斗はまだ気を許していなかった。岳斗にとって「父さん」は城崎の父、隆二だけなので、こっちの父親の事は坂上さん、と呼んでいる。岳斗の元の苗字でもあるが、もう自分の苗字だという感覚は全くなかった。だが、坂上は岳斗の事を空也と呼ぶ。この人が自分につけた名前だから仕方がない、と岳斗も理解はしていた。
夜、坂上がいなければ、寝る前に海斗と電話で話す事もできるのだが、狭いアパートに二人でいる時にはできない。だから、海斗の方から電話をかけて来られると困る岳斗だった。だが岳斗は、海斗がもう寝てしまったかもしれない、まだ勉強中かもしれないと気になってしまい、自分から電話をかける事が出来ない。岳斗は、これが自分の性分だから仕方ない、と諦めモードだ。したがって、夜の逢瀬はもちろんの事、電話で話す事もできない二人であった。それならば、少しでも一緒にいようと、毎日サッカー部の練習が終わるのを待って一緒に帰ろうと考えた岳斗である。
自分の帰り支度が終わった後、校庭が見える窓から練習を見て海斗を待つ岳斗。海斗が着替えて出てくるのを昇降口で待ち、駅まで一緒に帰るのだった。学校には住所変更を届けていないので、ごく一部の友達を除いては、引っ越しの事は伏せてあった。よって、理由もなく急に兄弟で仲良く一緒に帰るようになったと、おそらく周囲は不審に思っているだろう。
岳斗がよく一緒に帰っていた護は、当然自分も一緒にサッカー部の練習を見てから帰ると言い出した。更に、サッカー部には笠原もいるし、海斗にはいつも一緒に帰っていた友達がいる。せっかく岳斗が海斗を待っていても、大勢で一緒に帰るのでは、少々つまらない。それで、敢えて岳斗と海斗は友達と距離を取り、あくまでも二人で歩くようにしていた。
「ねえ、岳斗くん。どう考えてもおかしいよね。毎日こうして待つなんて。そういう事するのって普通、付き合ってるカップルだけだよね。君と海斗先輩は、実際には兄弟ではないわけだし、もしかして、二人は特別な関係なの？」
護から、とうとう聞かれてしまった岳斗である。一緒にサッカーを見ている時に。岳斗が、どう答えるのが正解なのか、迂闊に話して後悔するような事はないだろうかと考えあぐねていると、
「前からおかしいとは思ってたんだよね。海斗先輩の岳斗くんに対する執着心っていうか、独占欲っていうか。とても兄弟だから、では説明がつかないよ。海斗先輩、他の人には全然興味ないみたいだし。」
と、更に言われてしまった。もう、ほぼバレている。だが、どうしても自分の口から言う気にはなれない岳斗であった。その場は黙ってやり過ごしたが、昇降口で護と一緒に海斗を待っていたら、やってきた海斗が、
「岳斗、お待たせ。おいお前、俺の岳斗にちょっかい出すなよ。こいつはもう、俺のものなんだからな。」
と言ってしまった。真面目な顔で。
「それって、もう二人は恋人同士って事ですか？」
護が海斗に尋ねた。海斗は隠すつもりなどなく、岳斗の肩を抱き、
「そうだよ。」
と、嬉しそうに言った。岳斗は慌てた。
「本条、あの、頼む、内緒にしてくれ。そんで、ごめん。」
お前の大好きな先輩を取ってしまって。岳斗は手を合わせて拝んだ。護の顔は、見る見るうちに輝いた。
「わあ、そうなんだー。僕、感激しました。二人は僕たちの希望の星です！」
なぜ喜んでいるのか、岳斗には全く理解出来なかったのだが、それから護は、岳斗と海斗の邪魔をしないようにしてくれる上に、他の人が邪魔しないように気を使うまでになったのだった。岳斗にとってはありがたい事だが。
サッカー部の面々がワイワイ言いながら帰る少し後ろを、岳斗と海斗は二人で歩いた。
「飯、ちゃんと食ってるか？」
海斗が言った。
「うん。」
「母さんがさ、ずっと元気がないんだ。料理を作り過ぎたと言っては黙り込んだりして。本当はお前を手放したくなかったんだろうに。まあ、俺たちが悪いんだけど。」
「うん。」
岳斗は思わずうつむいた。やはり、洋子を苦しめる事になってしまった。だが、どうすれば良かったのか。この恋は止められるものではなかったのだ。海斗は岳斗の頭に手を乗せた。そして、その手をそのまま岳斗の肩に回し、体を引き寄せた。
「じゃあな。」
「うん、また明日。」
それほど遠い所に住んでいるわけではないのだが、反対方面の電車に乗る二人。ずっと一緒に住んでいたのに、急に離れ離れになってしまった事は、岳斗にとって思った以上につらい事だった。こうして毎日、分かれる時には胸が張り裂けそうになる。岳斗は、つらいのは片想いだと思っていた。両想いになったら、ただハッピーなだけかと思っていた。けれども、両想いなればこそ、会いたい想いが強くなり、離れている時間がつらいのだった。
岳斗は、電車を降りて近くのスーパーに寄り、見切り品の惣菜や揚げ物を買ってアパートに帰った。台所で味噌汁を作っていると、坂上が帰って来た。
「おお、旨そうだ。」
ほとんどスーパーの人が作った料理を、二人で黙々と食べる。坂上にとっては、たとえほとんど会話もしない仏頂面の息子でも、家事をしてくれて、家賃や食費までついて来るのだから、居てくれて有難いのだ。だが、岳斗にとって、ここに居る事、坂上と一緒に住んでいる事には、メリットなどない。一体どんな意味があるのか。ただ、自分の肉親だというだけ。だが、皆そうなのかもしれない、と岳斗は考えた。親を選んで生まれてくる事は出来ない。たまたまこの人の子供として生まれたから、ここに居る。八年間夢を見ていただけ。ここが、自分の本当の居場所なのだ、と。
夜、坂上がいなければ、寝る前に海斗と電話で話す事もできるのだが、狭いアパートに二人でいる時にはできない。だから、海斗の方から電話をかけて来られると困る岳斗だった。だが岳斗は、海斗がもう寝てしまったかもしれない、まだ勉強中かもしれないと気になってしまい、自分から電話をかける事が出来ない。岳斗は、これが自分の性分だから仕方ない、と諦めモードだ。したがって、夜の逢瀬はもちろんの事、電話で話す事もできない二人であった。それならば、少しでも一緒にいようと、毎日サッカー部の練習が終わるのを待って一緒に帰ろうと考えた岳斗である。
自分の帰り支度が終わった後、校庭が見える窓から練習を見て海斗を待つ岳斗。海斗が着替えて出てくるのを昇降口で待ち、駅まで一緒に帰るのだった。学校には住所変更を届けていないので、ごく一部の友達を除いては、引っ越しの事は伏せてあった。よって、理由もなく急に兄弟で仲良く一緒に帰るようになったと、おそらく周囲は不審に思っているだろう。
岳斗がよく一緒に帰っていた護は、当然自分も一緒にサッカー部の練習を見てから帰ると言い出した。更に、サッカー部には笠原もいるし、海斗にはいつも一緒に帰っていた友達がいる。せっかく岳斗が海斗を待っていても、大勢で一緒に帰るのでは、少々つまらない。それで、敢えて岳斗と海斗は友達と距離を取り、あくまでも二人で歩くようにしていた。
「ねえ、岳斗くん。どう考えてもおかしいよね。毎日こうして待つなんて。そういう事するのって普通、付き合ってるカップルだけだよね。君と海斗先輩は、実際には兄弟ではないわけだし、もしかして、二人は特別な関係なの？」
護から、とうとう聞かれてしまった岳斗である。一緒にサッカーを見ている時に。岳斗が、どう答えるのが正解なのか、迂闊に話して後悔するような事はないだろうかと考えあぐねていると、
「前からおかしいとは思ってたんだよね。海斗先輩の岳斗くんに対する執着心っていうか、独占欲っていうか。とても兄弟だから、では説明がつかないよ。海斗先輩、他の人には全然興味ないみたいだし。」
と、更に言われてしまった。もう、ほぼバレている。だが、どうしても自分の口から言う気にはなれない岳斗であった。その場は黙ってやり過ごしたが、昇降口で護と一緒に海斗を待っていたら、やってきた海斗が、
「岳斗、お待たせ。おいお前、俺の岳斗にちょっかい出すなよ。こいつはもう、俺のものなんだからな。」
と言ってしまった。真面目な顔で。
「それって、もう二人は恋人同士って事ですか？」
護が海斗に尋ねた。海斗は隠すつもりなどなく、岳斗の肩を抱き、
「そうだよ。」
と、嬉しそうに言った。岳斗は慌てた。
「本条、あの、頼む、内緒にしてくれ。そんで、ごめん。」
お前の大好きな先輩を取ってしまって。岳斗は手を合わせて拝んだ。護の顔は、見る見るうちに輝いた。
「わあ、そうなんだー。僕、感激しました。二人は僕たちの希望の星です！」
なぜ喜んでいるのか、岳斗には全く理解出来なかったのだが、それから護は、岳斗と海斗の邪魔をしないようにしてくれる上に、他の人が邪魔しないように気を使うまでになったのだった。岳斗にとってはありがたい事だが。
サッカー部の面々がワイワイ言いながら帰る少し後ろを、岳斗と海斗は二人で歩いた。
「飯、ちゃんと食ってるか？」
海斗が言った。
「うん。」
「母さんがさ、ずっと元気がないんだ。料理を作り過ぎたと言っては黙り込んだりして。本当はお前を手放したくなかったんだろうに。まあ、俺たちが悪いんだけど。」
「うん。」
岳斗は思わずうつむいた。やはり、洋子を苦しめる事になってしまった。だが、どうすれば良かったのか。この恋は止められるものではなかったのだ。海斗は岳斗の頭に手を乗せた。そして、その手をそのまま岳斗の肩に回し、体を引き寄せた。
「じゃあな。」
「うん、また明日。」
それほど遠い所に住んでいるわけではないのだが、反対方面の電車に乗る二人。ずっと一緒に住んでいたのに、急に離れ離れになってしまった事は、岳斗にとって思った以上につらい事だった。こうして毎日、分かれる時には胸が張り裂けそうになる。岳斗は、つらいのは片想いだと思っていた。両想いになったら、ただハッピーなだけかと思っていた。けれども、両想いなればこそ、会いたい想いが強くなり、離れている時間がつらいのだった。
岳斗は、電車を降りて近くのスーパーに寄り、見切り品の惣菜や揚げ物を買ってアパートに帰った。台所で味噌汁を作っていると、坂上が帰って来た。
「おお、旨そうだ。」
ほとんどスーパーの人が作った料理を、二人で黙々と食べる。坂上にとっては、たとえほとんど会話もしない仏頂面の息子でも、家事をしてくれて、家賃や食費までついて来るのだから、居てくれて有難いのだ。だが、岳斗にとって、ここに居る事、坂上と一緒に住んでいる事には、メリットなどない。一体どんな意味があるのか。ただ、自分の肉親だというだけ。だが、皆そうなのかもしれない、と岳斗は考えた。親を選んで生まれてくる事は出来ない。たまたまこの人の子供として生まれたから、ここに居る。八年間夢を見ていただけ。ここが、自分の本当の居場所なのだ、と。
