洋子は、在宅ワークなので平日はほとんど家にいる。隆二は、平日は会社に通っているが、休日は主に家で過ごす人だった。なので、城崎家に一日中大人がいないという日はなかった。つまり、海斗と岳斗が二人で留守番をするという事は、ほんの数時間というのはあっても、半日以上というのは、岳斗の記憶にはなかった。
だが、次の日曜日に、従姉がハワイで結婚式を挙げる事になっており、洋子と隆二が招かれている。月曜が休みの三連休なので、土曜日から出かけて行き、月曜日に帰ってくる。つまり、土日の夜、岳斗と海斗の二人だけで留守番をする事になるのだ。岳斗は何日も前からその事ばかり考えていた。どうにも緊張するのだ。いつも両親がいたって、自分たちはそれぞれ自分の部屋で寝ているのだから、それは両親がいなくても同じ事なのだが……海斗が同じかどうか、心配なのだ。

 「それじゃあ岳斗、行ってくるわね。夜はちゃんと戸締りするのよ。」
「うん。行ってらっしゃい。気を付けてね。」
土曜日の朝、隆二と洋子はハワイへ向けて旅立った。海斗は部活の練習試合に出かけている。帰ってくるのは夕方のはずである。
 たまには料理でもしようと思いついた岳斗は、二人分の夕飯を作る事にした。昼は適当に一人で済ませ、買い物に行き、台所に立った。難しいものは作れないので、煮込みラーメンを作る事にした。材料を切り、鍋に具材と水を入れて煮る。そこへラーメンのスープの素を入れて味を付ける。後は麺を入れるだけだ。海斗が帰ってきたら入れよう、と思った。
「ただいまー。」
海斗が帰ってきた。岳斗は急に緊張した。料理をして帰りを待つなんて、なんだか……まるで奥さんのようではないか。
「岳斗、ただいま。あれ?何か作ってんの?」
部活のジャージを着た海斗が現れた。
(か、かっこいい……。と、何を今更!)
と、自分に突っ込みを入れる岳斗。
「お帰り。煮込みラーメン、だよ。」
色々な感情を隠し、岳斗がそう答えると、
「お、いいねー。サンキューな。」
と言って、海斗が嬉しそうに笑った。
「急いで風呂入っちゃおうかな。汚れてるし。」
「そうしなよ。出る頃に麺を入れて仕上げておくから。」
「おう。」
海斗は風呂場へ消えた。意外に普通に話せた、と岳斗は思った。二人きりで、すごく緊張してしゃべれないのではないかと思っていたのに。海斗が普通だったからかもしれない。

 二人で向かい合って座り、煮込みラーメンをつつく。それは、岳斗が思った以上に楽しいひと時だった。海斗が旨い旨いと言って食べてくれるので、作った甲斐があったと満足した。一緒に洗い物をして、それから二人でソファに座ってテレビを見た。いつも、何となくかけているバラエティー。
 何だろう、普通で、つまらない、と感じた岳斗。いやいや、何を考えてるのだ、と自分でまた突っ込みを入れる。だが、兄弟だと思っていた頃と変わらないのは、不思議で、物足りなくて、少し不安だ。海斗が、散々自分の事をからかっておきながら、実は岳斗の事など、ただの弟としか思っていない、なんて事を言い出すのではないか、と不安になる。テレビの内容など、岳斗の頭にはまるで入らない。隣に座っている海斗の方を盗み見ると、海斗も岳斗の方をチラッと見た。
「あ、テレビつまんないから、替えようか。」
岳斗がそう言って腰を浮かし、リモコンを手に取ると、
「消しちゃえよ。」
と、海斗が言った。なので、岳斗はテレビを消した。そして、リモコンを置いた時、その腕をぐっと海斗に掴まれ、引っ張られた。ソファに座らされたが、さっきよりも海斗の近くに座る格好になった。海斗が“マジな目”で岳斗を見る。最近岳斗の事を見る時には、いつもニヤニヤしていたのに。
 心臓爆裂な岳斗。それでも、ずっとこうしていたい。近くにいたい。海斗が岳斗の肩に腕を回した。岳斗は、海斗の肩に頭を乗せた。いい香りがする、と思った。
 やっぱりテレビをつけておけばよかった、と岳斗は後悔した。お互いの息遣いが聞こえる。心臓の音まで聞こえそうだ。心なしか海斗の息遣いが荒いような気もする。胸も上下しているではないか。少し頭をずらし、耳を胸の方に近づけると……ドクドクドクと、すごく鼓動が速い。
 岳斗は心配になり、顔を上げて海斗の顔を見た。すると、ぐっと肩を押されてソファの背もたれに背中が付いた。同時に海斗の体が岳斗の方に覆いかぶさってくる。来る、と思った岳斗は、ドキドキが過ぎて苦しくて、ぎゅっと目をつぶった。来るか、まだか……。
 来ると思ったもの…キス…がなかなか来ないので、岳斗が薄目を開けてみると、海斗はそこで止まっていた。岳斗がちゃんと目を開けると、ぷいっと顔をそむけた。
「またどつかれちゃ、かなわねえしな。お前も風呂に入れよ。」
海斗はそう言って、さっさと行ってしまった。岳斗の頭には疑問符がいくつも並ぶ。なぜだ?
 岳斗は風呂に漬かりながら、ため息をついた。二人きりになったら、何をされるかと心配していたのに……何もされないのは……がっかりだった。いや、そんなわけはない。だが……そう、残念だ。そう認めて、また自分に突っ込みを入れたくなった。自分は何を期待していたのだ。恥ずかしい。穴があったら入りたい。ここには誰もいないけれど。岳斗は、お湯の中にずぶずぶと頭を沈めた。
 風呂から上がって、部屋へと向かう岳斗。海斗の部屋の前を通る。本当にこのまま何もして来ないのか。それとも、岳斗が寝た頃にやってきて……。