二学期が始まった。久しぶりに会う友達同士ワイワイガヤガヤ、新学期の教室は騒がしい。が、岳斗の周りはそんなものではなかった。
「岳斗!お前、海斗さんと血が繋がってないんだって?」
会うなり、笠原に言われた岳斗。その他、いろんな友達からそのような言葉を掛けられた。皆が知っているとは、岳斗の想定外。かなり驚きだった。山岳部のメンバーに話した時、内緒にしなくてもいいという言い方をしたかもしれないが、まさかこんなに学校中に広まっているとは思わなかった。
 岳斗は、海斗と本当の兄弟ではなかった、という事は知られても構わないと思っていたのだが、自分の父親が母親と妹に暴力をふるって死なせてしまったという事実は、知られたくはなかった。山岳部のメンバーに話した時は、その部分はカットしたので、そこから漏れたのではないのだ。誰かが調べて辿り着いたという事なのだろうか。その事実を友達が知っていて、岳斗はショックを受けた。
 更にショックが待ち受けていた。クラスの友達は驚きと興味くらいだったが、二年生の女子たちからは、敵意というか憎悪というか、どす黒いものが感じられた。岳斗を見てコソコソと話している人達の、岳斗を見る目。初日はそれくらいだったが、徐々に、下駄箱に殴り書きしたメモのようなものが入っていたり、LINEやIGにたくさんの攻撃的なメッセージが送られてきたりし始めた。それは、本当の弟でもないのに海斗と一緒に暮らしているなど厚かましい、というような内容だった。更に、犯罪者の息子のくせに、などという言葉も見受けられるようになってきた。今更、岳斗に城崎家を出ろとでも言うのか。
 そして、それは言葉だけでは済まなくなってきた。どこからともなく水を掛けられたり、背中に黒板消しを投げつけられたりした。誰がやったのかも分からない。相手が誰で、何人くらいの敵なのかも分からない。恐怖だった。まさか学校生活がこんな風に変わってしまうとは、岳斗は思ってもみなかった。
 だが、家ではこの話はできなかった。努めて普通にしていた。学校では、教室にいれば平和だが、廊下を歩く時、下校する時、部活でトレーニングをしている時などに攻撃された。親しい人は庇ってくれるが、大抵は独りでいる時にやられる。岳斗は、これも嫉妬だから仕方がないと思っていた。
 攻撃は、海斗が岳斗の傍にいる時にはもちろん鳴りを潜めている。だから海斗と一緒にいられればいいのだが、あいにく海斗は忙しい日々に突入していた。九月下旬にある文化祭の為に、部活の後や昼休みにはバンドの練習をしていて、学校では滅多に会えなくなっていた。家に帰って来た時には、例のごとくバタンキューの海斗に、嫌がらせの事など言えるはずもなかった。こんなに疲れているのに、煩わせたくなかったのだ。それにしても、よく海斗に見つからないようにやれるものだと、岳斗はむしろ感心するくらいだった。絶妙に岳斗をいじめてくる連中なのだった。
 今日もまた、下駄箱には複数の紙切れが入っていた。
(城崎家を出て行け)(お前は海斗君の弟にふさわしくない)(殺人犯の息子、海斗君から離れろ)
などなど。岳斗がその紙切れをクシャッと握り潰し、ポケットに入れようとすると、その手をガシッと掴む人物がいた。岳斗が振り向くと、海斗だった。日直なので、朝練の後に教員室から日誌を取って来たところだった。
「岳斗、それなんだ?」
海斗の目は鋭かった。文字が目に入ったのだろう。岳斗は無視して行こうとした。何しろ、敵が方々で見ているはずだから。だが、海斗は岳斗の腕を放さなかった。
「岳斗。」
「何でもないよ。ちょっとした伝言。」
岳斗はそう言って、海斗の腕を振り払った。海斗に助けを求めても、きっともっとひどい目に遭う。相手は誰だか分からないのだ。海斗がどうにかできるとも思えない。だが、海斗に秘密にしなければならない自分が悲しくて、みじめだった。海斗のせいでこうなっている、と思ってしまって、それを打ち消した。海斗が悪いわけではない。だが、海斗がこんなにモテる男でなかったなら、こんな事にはなっていないはずだ。
「岳斗!」
背中から海斗が呼ぶが、岳斗は無視して逃げた。

 岳斗の予想通り、家に帰って来た海斗が、岳斗の部屋に直行してきた。
「岳斗、お前今朝のあれ何だよ。」
岳斗は海斗の顔をちらっと見て、すぐに目を反らした。どうしたものか、話すべきか否か。
「岳斗、俺の目を見ろ。」
机の横に立つ海斗の顔を、椅子に座っている岳斗は見上げた。
「岳斗、俺に話せよ。何でもいいから、俺に言ってくれよ。」
岳斗よりも、海斗の方が余程つらそうな顔をしている。岳斗は、今朝ポケットにねじ込んだ紙切れを、ゴミ箱から拾って広げ、海斗に見せた。海斗はそれを見るなり、その紙切れをクシャッと握り潰し、
「何だよ、これ!」
と怒鳴った。
「大きい声出すなよ。母さんに聞こえるだろ。」
岳斗はそう言った。心配を掛けたくないのだ。海斗は紙切れを手に持ったまま、岳斗の頭を抱いた。
「岳斗、ごめん。気づかなかった。」
「いいよ。」
他に何を言えばいいのか分からない。
「俺、何とかするから。待ってろ。」
海斗がそう言った。
「何とかって、どうやって?」
岳斗は心配になって顔を上げた。
「これから考える。」
不安しかない岳斗。
「いいよ、大丈夫だよ。お前は何もしない方がいいって。かえって嫉妬されてひどい目に遭うから。」
何だか変だ、と岳斗は思った。どうして嫉妬されなくてはならないのだ。そりゃ、この超絶カッコいい男に、こうやってハグしてもらったりしているけれど……そうだな、それは嫉妬されても仕方ないか、と岳斗は思った。
「俺たちが、さほど仲良くなさそうにしていれば、そのうち嫌がらせも無くなるだろうよ。」
岳斗は正直な気持ちを言った。ネガティブな方法だが、これが一番早く終息する方法だと思った。海斗は不服そうだったが、黙って部屋を出て行った。考えつく方法もないのだろう。