最後の思い出にしよう。ここに来るまでに、その覚悟は決めた。ジンジャエールを口にすれば、爽やかな苦味が広がって、パチパチと跳ねる。これくらいの苦味なら好きなのにな。

「サトルは、もう私と会わないつもりでしょ」

 メグルは、やっぱり心が読めるのか。そう思って、曖昧に、口元を歪める。メグルの顔は真剣そのものだった。今まで見た中でも、一番。

「心読めちゃうんだー私。今サトルが何考えてるとか」
「じゃあ当ててみてよ」
「ジンジャエールの苦味なら美味しいのになぁ」
「えっ」

 本当に当てられるとは思わなくて、動揺してコップを落としかけた。小さい、メグルの手が俺の手越しにコップを捕まえてくれたから、こぼれなかったけど。

「私、まだまだサトルと行きたいところあるから。会わないって言ってもしつこく連絡するから!」
「どうしてそんなに」
「えー、聞いちゃうー?」

 真剣な顔をしていたかと思えば、意地悪っぽく眉毛を動かす。そして、俺の肩をトントンっと叩く。どきりとして、心臓が変な音を立てる。まさか、まさか。そんなことあるはずもないのに、妄想ばかりしてしまう。

「察してくれたまえ!」
「なんだよ、それ」

 がっくりと肩を落としていれば、アイスキャラメルマキアートを差し出された。一口、どうぞってことだろうけど……

 ちゅーっと吸い込めば、甘さと軽い苦味が広がる。どちらかといえば、甘さの方が強くて美味しく感じた。

「はい、間接キスしたので私たちは今から恋人です!」
「散々食べ回ししたあとだろ!」
「えー? 嫌なの?」

 嫌なの、と聞かれれば嫌ではないけど。でも、もうメグルとは会わないと決めたばかりなのに。だって、会ってしまえば、俺は楽しくて、嬉しくて、人生を満喫してしまう。

「それは冗談として。今度来た時はキャラメルマキアート頼んでみてよ。お願いだから」
「今度来ることがあったら、な」
「あるよ」

 明確に口にするから、予言すら出来るのかと思ってしまう。メグルは、超能力者なのかもしれない。じゃあ、俺は、またメグルに会うことになるんだろうか。こんなに、自分を律しようと心に決めたのに?

「サトルはまた会うよ。絶対私に会うよ」

 メグルの言葉に、ごくりっと唾を飲み込む。どこか、本当になりそうな雰囲気があった。信じきれないけど。

「でも、会ってくれないなら……待ち伏せしちゃおうかなぁ。夏期講習くらい、あるでしょ? 二年生だもんね」
「あるけど、行くとは限らないだろ」
「毎日バス停で待ち伏せする。制服から学校だってわかってるんだから」

 メグルはきっぱりと言い切ってから、俺の右手を掴んだ。

「会ってくれなかったら……」
「くれなかったら?」
「どうしてやろうかなぁ〜」

 イタズラを考えてる子どもみたいに、笑う。そして、掴んだ俺の右手をぎゅっと握りしめて、泣きそうな顔をした。

「私、泣いちゃうよ」

 そんな言葉に絆される、ような人間だ。そうじゃなくても、メグルは可愛いし、好意を抱いてるから。そう言われてしまうと、違う罪悪感に身を焦がしてしまう。

 本当にどうかしてる。今まで、恋なんて一番遠い存在だったのに。たまたま出会ったメグルに振り回されてばかりだ。

 でも、会わない。大学合格の差は二年生のうちの学習から、出てくる。そう先生に教えられてきたし、俺は、兄みたいにきちんと北大に進学して、兄のようにならなければいけないから。恋にうつつを抜かしてる暇なんて、本当はない。

 今日だって、流されて来てしまった、だけなんだから。