小樽旅行の日。昨日は考えすぎてあまり眠れなかった。身体がついムズムズとして動いてしまった。もし、メグルが今回も消えてしまうのだとしたら、俺は明日の朝一人で起きるんだろうか。答えは出ないけど、メグルを待ってる間中、考えてしまう。
札幌駅の改札前は、多くの人が出ては、入ってを繰り返している。幸せそうなカップルも、何人も目に入って、メグルとの未来が、あの人たちのように来ればいいのにと願ってしまった。
「お、ま、た、せ!」
どんっと背中に衝撃を受けて、振り返ればメグルが珍しく大きいリュックを背負っていた。短パンにTシャツというラフな格好ですら、可愛い。やっぱり、俺はどうかしてる。どんな姿でも、メグルだけ、他の人と違って輝いて見えてしまう。
「行こう?」
当たり前のように、右手を差し出されて、恋人繋ぎのように指を絡める。それでも「消えないでくれ」と願う言葉は、口には出せなかった。
「小樽観光どこいきたい?」
「えー? 海、見る?」
「海、好きなの?」
「絵になる、かなぁって」
俺と繋いだ手をブラブラと揺らしながら、メグルはキョロキョロ周りを見渡す。絵には、なるだろう。跳ね上がる水飛沫と、メグル。想像しただけで、絵が描けそうだった。
改札を通り抜けて、小樽行きの快速エアポートのホームを探す。四番ホームの電光掲示板に小樽行きの文字を見つけて、メグルの手を引く。
「四番ホームだって」
「はいはーい」
いつもと様子が違うのは、今日が最終日だって意識してるからだろうか。俺は、普通通りに笑えてる? メグルの不安を、増やしてない? 不安になりながらも、頭の中で考えを消す。考えないって決めたから。
ホームに上がれば、電車はすでに停まっていた。エスカレーター付近はやっぱり混雑してるようで、座れそうな席はない。
「前の方行こうよ!」
メグルの提案に頷いて、前の方へ向かえば二人で座れそうな席を見つけた。リュックを網棚の上に載せて、メグルがちょこんと座る。俺もその隣にリュックを置いて、メグルの横に座った。
「スケッチブック、書いてきた?」
「もちろん! ホテルに着いたら渡すよ」
「おう」
ホテルは小樽築港駅から降りれば、すぐの商業複合施設の中に入ってると兄ちゃんが言っていた。荷物だけ先に預けて、近くの海まで歩く予定だ。
「小樽駅の方まで観光行く?」
「うーん、サトルはどうしたい?」
こんな時まで俺のしたいことを確認するメグルに、少しだけもやっとする。最後くらい自分のやりたいこと、ワガママを言ってくれればいいのに。そんなに、俺は信用ないかと聞きたくなってしまった。
メグルの顔を横から覗き込めば、違うことに気づく。メグルはもう何回も、繰り返してるからこそ俺の意見を聞きたいんだ。俺を振り回してるって自分で言っていたから……
「メグルがいいならいいよ。とりあえず海見てから考えよ」
「うん、そうしよー」
発車の合図とともに、電車がゆっくりと進み出す。メグルはソワソワとして、振り返って大きな窓を見つめた。
「海、どれくらいで見えてくるかな」
「小樽は行ったことないの?」
「うん、行こうなんて思いつきもしなかった」
「水族館とかもあるのに?」
不思議に思いながら問い掛ければ、メグルは小さく頷いて、照れたように目を伏せた。まっすぐな長いまつ毛を見つめてしまう。俺の視線に気付いたのか、両手でメグルは俺の眼を塞ぐ。
「見過ぎ! 溶けちゃう!」
「そんな見てないだろ」
むくれて、窓の方に目を移せば、建物が通り過ぎていく。どんどん、どんどん、遠くに行くみたいで、寂しさが胸の中に広がった。
「札幌から出ようと思わなかったんだよね。だから札幌から出たらどうなるか、わかんないんだ」
「もう一人のメグルも札幌から出たことないってこと?」
どうなるか、わからない。もし、予定よりも早く消えてしまったら。俺は、俺が軽率に誘ったせいでときっとずっと後悔する。不安が繋いだ手のひらから伝わってくるようで、背中がピリピリとした。だから、手を強く握りしめる。きっと大丈夫。消えることはない。
「うーん、小樽は行ったことないだけで、千歳とか、東京とかは行ってたはずだけどね。夏休み中は、札幌を出てないんだよねぇ」
怖いのか、メグルの肩が微かに震えていた。だから、繋いだ手を引っ張って、自分の近くに引き寄せる。大丈夫。繋いでるから、俺が思ってるから、メグルを見つめてるから。消えないよ。
「あはは、サトルの方が不安になってやんの」
「そんな言い方されたら怖くもなるだろ」
「きっと大丈夫。だって、サトルの心臓の音まで聞こえてるもん」