「同じことを思ったよ、俺だって。ずっとメグルとの時間が止まればいいのに、って」
「でも私はただの残留思念だよ、夏休みの間だけサトルの前に現れるお化けみたいなもん。本物はどこで何してんだろうね」
「本物は、別にいる、のか」
「んー、多分? サトルが認識してる時しか、私は存在してないから」
時間が止まったような気がした。そういう意味で願ったわけじゃないのに。ただ、心臓が脈打つ音と、呼吸の音だけが身体を循環していく。
なんとか絞り出した言葉は、プロポーズのようで。
「じゃあずっと一緒に居よう」
「それでも、夏休みが終わる日の前には、私は消えて、また新しい夏休みが始まるんだよ。私のことを知らないサトルに出会い直して、困ってるサトルを無理矢理誘って、また仲良くなり直すの」
自分のことを知らない、俺に会うのは、しんどくないか。聞きたくなって、しんどくないわけがないとわかってしまった。生き急ぐように、いつも走ってるのだって、少しでも俺と経験できる思い出を増やしたい思いからだろう。
「メグルは、ループから抜け出したらどうなるんだ?」
「さぁ? 本物の脳の片隅に眠るんじゃない? なったことがないから、わからないけど」
「本物って言うなよ」
まるで自分が偽物みたいに、言うなよ。俺にとっては、本物が目の前にいるメグルなんだから。
それでも、メグルは残酷な言葉を軽々と口にする。
「だって、私はただの残りカスだから。サトルと離れていくことに怯えて、時間よ止まれって願った後悔の残りカス」
「俺にとっては」
「本物のメグルは、サトルのこと覚えてないよ。サトルとの記憶も、出会いも、全部私が奪ったから」
どこまでが同じ人と言えるんだろうか。たとえば、運良くメグルのループが終わって、俺のことを覚えてる目の前のメグルが消え去ったら。本物のメグルは、今のメグルと同じと言えるんだろうか。俺のことを知らないメグルは、メグルなんだろうか。
「頭の片隅に覚えてんなら、俺が思い出させてやる」
「無理だよ」
「俺だって、覚えてただろ! 俺の知らない俺の記憶」
「それは、奇跡に近いんだよ、多分」
メグルは、いつもだったら俺のことを否定しないくせに。今日はやけに、スパンスパンと俺の言葉を切り捨てていく。胸に包丁を何度も、突きつけられてるみたいだった。
俺よりもでも、メグルの心中の方が痛い。それがわかるから、つい手に力が入る。
「関係ない。一回でも奇跡を起こせたなら、何回でも起こしてやる」
「私何万回と夏休み繰り返してやっと、なんだよ?」
「知らねーよ、なんだって覆してやる、俺はメグルとの未来が欲しい」
口にして、心の中の何かが弾けた気がした。俺はメグルが好きで、メグルとずっと一緒にいたい。それは、同じこの夏休みをループすることではなく、未来まで、だ。大人になったメグルと、こんなこともあったねと言いあえる未来。
「メグルが、嫌なら教えて。俺は、メグルが好きだから、諦めないよ」
「私だって、サトルと未来が見れたら嬉しいよ」
「見させる。だから、答えて、俺のこと好き? このループを終わらせてもいいと思えるくらい、好き?」
ずっと、二人で歩んでいきたい。何を犠牲にしてもいい。限りがある二人の時間なんて、クソ喰らえだ。
メグルは俺の言葉に、涙をこぼして、震える声で答える。
「サトルのことが好きだよ。終わっても、ずっと好き」
「わかった。もう一人のメグルに思い出させよう」
本物という言葉は絶対に使いたくなかった。だって、目の前のメグルも本物だ。ちょっと離れてしまってるだけの。
「どうやって?」
それは……俺が思い出したのは、SNSの下書きだった。偶然残っていた、違う俺の書き残し。それには、全部メグルの絵が載っていた。
「思い出を全部絵にしよう。それに、メグルが思い出を文字で書く」
メグルには教えてなかったけど、俺のスケッチブックにはたくさん絵がある。全部、全部メグルとの思い出だ。本人に見せるのは、抵抗があるけどそんなことを言ってる場合じゃない。夏休みの終わりまで、もうあと一週間を切っていた。
「俺の家、今から来ないか」
「え、でも、大丈夫なの?」
メグルの問いかけに、兄ちゃんのことを思い出した。これもメグルに伝えていなかった。メグルのことを微かに覚えていたのは、俺だけじゃない。兄ちゃんも、だ。だったら、もう、これは奇跡なんかじゃない。
「大丈夫だから。それに……兄ちゃんもうっすら覚えてたんだ。奇跡なんかじゃないよ、思い出させること、できるんだよ」
メグルは赤くなった目を擦って、俺を見上げる。そして、小さく頷いた。
「信じたい」
「信じて」
力強く言葉にする。自信なんかなかった。それでも、覆せるなら覆したい。俺は、何よりメグルとの未来を望んでいたから。
「サトルのお家行こう」
「おう」