「ほんっと、そっくり」
「この子?」
「この子っていうか、猫とメグル」
「え、私猫っぽい? どっちかっていえば、犬な気がするけど」
むぅっと困ったように唇を尖らせて、考え込んでいる。俺がまだまだ知らないだけか、俺以外の前ではそうなのか、わからないけど。メグルは、俺の前では猫のようだ。自由気ままで、ふらりと現れて、可愛い。そして、一人で消える決意をして、ふらりといなくなっていく。
そんなところまで、想像して、喉の奥が締まっていく。猫と遊んでいるうちに、時間はどんどんとすぎていたようだ。窓から入ってくる光がどんどん落ちてきて、メグルの影が伸びている。
俺より窓に近いからか、メグルの影だけが、はっきりと床に写っていた。俺の影は、メグルから遠い。
猫たちはわらわらと移動しながら、他のお客さんのひざの上に乗ったり、寝たりしていて自由だ。
「飲み物、飲みに行こっか」
メグルの提案に頷いて、隣の部屋に移る。猫たちが自由に過ごすのを見ながら、ジンジャエールをコップに注いだ。メグルが手を出すから「何がいい?」と聞けば、「サトルと一緒がいい」と答える。メグルが炭酸を飲んでるのは、あまり見たことがなかったな。
一口ずつ交換するときに、俺のを飲んでいるくらいだ。意外に感じながら、手渡せば、ごくごくっと飲み干し始める。そして、コップから口を離して、舌をぺろっと出した。
「ぴりぴりする」
「苦手なの?」
「あんまり、自分では選んで飲まないかな」
「やっぱり。無理しないで、好きなやつ飲みなよ」
ドリンクバーには、メグルが飲めそうなオレンジジュースや、お茶などもある。目配せすれば、メグルはフルフルと首を横に振った。
「サトルと同じやつが良かったの」
ピリピリすると言いながらも、もう一口と、ジンジャエールを口に運ぶ。俺も飲み干せば、爽やかな炭酸が喉の奥を広げていった。
「メグルは、俺の中では猫っぽいよ」
先ほどの話題に戻せば、ごほっとむせる音が聞こえる。ちらりと様子を見れば、メグルは目を見開いて俺を見つめていた。
「急に戻す?」
「だって、犬だと思うとか言ってたから」
「どこが猫っぽいの?」
「自由気ままなところとか、黒目がちな目とか。しなやかな動きとか?」
つらつらとあげれば、メグルは俺の目の前で手を横に振った。顔が赤く見えるのは、夕日の反射だろうか。
「なんかちょっと、はずいからやめて」
「可愛いよ」
恥ずかしいと言われたけど、辞めるつもりはない。俺は、メグルの記憶に今回の俺を残す。刻みつける。今回で終わりで良いと思えるような幸せばかり、残したい。たとえ、あと二週間という期限が決まっていたとしても。
「そういうとこも、好きだよ」
「急に甘いのなし! ずるい!」
コップをテーブルの上に置いて、猫の部屋に逃げようとするから手を掴む。相思相愛なら、甘くたっていいじゃないか。今までの俺は、口にしてこなかったみたいだし。その分も含めて、たくさん、何度でも口にする。
それでも内心恥ずかしくて、心臓はバクバクと力強く脈打っている。身体がまるで、全部心臓になったみたいに。
「急すぎるよ、サトル」
「今までの分も。全部、口にする。だから、メグルのことをもっと教えて。もっと好きにならせて」
「その後が、地獄だとしても?」
メグルは、答えてから、傷ついたように窓の前の猫を見つめる。そして、小さく「だって」と呟いた。
「私のことは忘れちゃうし。このデートもなかったことになるし。サトルはぼんやりと、知らない誰かのことを恋しく思って、でも思い出せなくてモヤモヤするんだよ」
「忘れない。絶対覚えてる」
「絶対なんてこの世にないよ」
「でも、この世の科学では証明できないことが起きてるって、言ったのはメグルだろ。じゃあ、絶対も起こせるよ」
そんな話、したっけ? 勝手に口から出てきた言葉に、自分で戸惑う。科学で証明できないことが起きてるとは思っていたけど、メグルが言っていたか? メグルは、はくはくと口を動かして、浅い呼吸を繰り返していた。
「それも、下書きに書いてあった?」
記憶を辿っても、書いてはいなかったと思う。でも、どうしてか、脳裏に浮かんだ。そして、メグルの反応を見る限り、本当にいつかの俺にメグルが言ったんだろう。