なんとか、五百円以内に収めて店を出れば、店の前のベンチに座ってメグルは足をブラブラと揺らしていた。口元には、棒つきの飴。
「もう食べてるのかよ」
「だって、サトル遅いんだもんっ!」
ぷくっと頬を膨らませる姿すら、可愛くて、目が見れない。隣に座って、俺も棒つきの飴を取り出せば、メグルは隣で「一緒じゃんっ!」と嬉しそうに、足を跳ねさせた。レモンとソーダの混ざった、水色と黄色の飴。
飴を舐めながら、青空を見上げる。雲が流れていくのを、久しぶりにこんなにゆっくり見た。メグルはそっと、俺の右手を握りしめて同じように空を見上げていた。
メグルの横顔は、今にも消えそうで。満面の笑みで飴を食べている姿を残したくなって、スマホのカメラを向けた。
「急に何」
「撮りたくなった」
「やだよ、どうせ消えちゃうんだもん」
「絵にしていい?」
「絵、描くの?」
メグルは、息を吸い込みながら、小さく呟く。そこまでは、知らなかったのか、と思えばどうやら違うらしい。
「早い、な」
「え?」
「絵をもう選んだんだ、と思って」
「メグルを見てたら、なんだか描きたくなって」
「やっぱり、私は……サトルのミューズだね!」
メグルは飴を舐めたまま両手をあげて、ポーズをする。うっすらと目を閉じた。
「なんだよ、そのポーズ」
「女神のポーズ。ヨガだよ! 知らないの?」
「ヨガは、知らなかった」
モゴモゴと口を動かして、恥ずかしそうにゆっくりと手を下ろしていく。俺はもしかしたら、メグルの前ではヨガをしていたんだろうか。いや、ないな。ヨガとは、縁がない。ストレッチとかならまだしも。
「なぁ」
「なにー」
「メグルは、タイムループしてるのか?」
俺の問いかけに、一瞬、メグルの時が止まった。今なら、聞ける気がした。だから、つい、言葉に出てしまう。
口の中で飴が溶けて、中のレモン味が爽やかな風を広げていく。メグルは、すうっと深い息を吸ってから、目を細めて微笑んだ。
「そうだよ、よく分かったね」
むしろ、気づいて欲しそうだった。だって、今日のメグルの言葉は、あまりにもヒントが多すぎる。心が読めるのではなくて、今までの俺とのやりとりからの想像だった。だから、心が読めるように当てられたんだ。
そして、駄菓子屋さんは、初めて。今までの俺と行ったことはない。簡単すぎる謎に、胸のつっかえが取れそうにない。でも、どうして、メグルは何度も俺と出会って、繰り返してる?
「私は、私であって、私じゃないの」
「ここまで来て、謎かけかよ」
「だって、面白くないでしょ、分かっちゃったら」
ふふんっと顔を空に向ける。その目は、悲しそうで。面白くないから、じゃなく。きっと、知られたくないからだろう。そんな予想がついて、おかしくなった。
そんなに長い時を共に過ごしたわけじゃない。それなのに、メグルのことをわかってるような気になってる。
「毎回、おんなじなの、俺」
「ううん。ちょっとずつ違う。でも、根底は一緒かなぁ」
「兄ちゃんにも会ったことあるの?」
「あ、私が間を取り持たなくても、もう兄ちゃんって呼んでるんだ」
そこすら、お見通しな事実に、めまいがした。俺は、自分で進んでるつもりで、予定調和をなぞってるのか。兄と仲直りして、自分のできることを探し始める。それすら、予定調和なことに、苛立ちが募った。兄にならなきゃ、その気持ちと、メグルと会うたびに湧き上がる自分自身のやりたいことへの気持ち。
両方とも俺のもので、俺のものじゃなくなったみたいだ。
「どうしたら、メグルのループが終わるんだ」
「うーん、今回は終わっちゃうかもね」
終わっちゃう、かもね。メグルは、望んでない? でも、「覚えていて」と言っていたのは……想像して、首を横に振った。