無意識に、右手の人差し指が通話ボタンを押していた。メグルは、すぐに出てくすくすと笑っている。

「電話も珍しくない? どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
「メグルの誤字がおかしくて、急でごめん」
「ううん、すっごい! うれしい! 本当のカップルみたい」

 メグルの言葉に、息を呑む。俺とメグルは、恋人ということになってるんだった。兄ちゃんの前では。どこまでメグルが本気か、わからない。

 本気にさせたい。俺だけの片想いなんて、嫌だ。メグルにも俺を好きだと思って欲しい。

「恋人みたいなデートしようよ」

 恥ずかしげもなくそんなことが言えたのは、好きの魔法かもしれない。メグルはスマホ越しに、恥ずかしそうに「えっ?」ばかり口に出している。さっきのメッセージもこんなテンションだったんだろうと思うと、ますますおかしくなった。

「また、時々電話しよう。メグルが嫌じゃなかったら」
「嫌じゃない嫌じゃない。むしろ嬉しい! 夜も思い出してくれてるんだな、って思えて。夜って、なんか、センチメンタルになっちゃうじゃん」

 いつも明るく全力疾走なメグルでも、センチメンタルになることがあるのか。驚きながらも、とこらどころに憂いのある表情を見せていたことを思い出して、それもそうかと納得した。人間だもんな。

 メグルの不安を俺の声で解消できるなら、いくらでも通話する。

「いつでも、掛けてきてよ。って言っても、勉強中とか、出れないことはあるかもしんないけど」
「全然、良いよ。そうやって言ってくれるだけで幸せ」

 ふふふっと笑う声が、耳を揺らすから、顔に熱が集まっていく。電話越しで聞こえるメグルの声は、いつも話してるより、静かに響く気がした。



 どれくらい話していただろうか。たわいもないご飯屋さんやカフェの話。兄ちゃんとちょっと仲直りした話、そんなどうでもいい話ばかり二人でしていた。

 メグルの声が少しだけ、眠そうになってきてる。

「じゃあ、寝るか」
「ん、うーん、うん」

 一瞬悩んで、メグルは小さく頷いた。だから、ちょっとだけ笑わそうと思って、ふざけて方言を口にする。

「したっけな」
「めずらし、サトルあんまり北海道弁使わないよーにしてたのに」
「そうだっけ?」
「そうだよ」

 こっそりと意識していたことが、バレていたのかもしれない。あまり訛りのない地方だから、わざとらしく使うのが嫌で、標準語をいつも意識していた。バレない程度に。

 また、メグルは心を読んだのかもしれない。

「したっけね」

 普通の温度で、当たり前のような響きで、メグルが言うから。なんだか、ジーンとしてしまった。北海道の人ならみんな、同じように使うんだろうけど。同じ言葉を二人だけで使ってるみたいな、錯覚に陥りそうだった。

 ぷつっと切れた音声に寂しさを感じながら、布団に潜り込む。来週の美術館で、メグルを楽しませよう。自分が本当にやりたいことも、探しながら。

 ワクワクとした胸が抑え切れずに、天井を見上げる。小さい電球の光が、ぼんやりとした世界を呼んできた。夢の中でも会えたら、幸せだな。漠然と、そう思った。

* *  *

 今日もメグルは茶色の髪の毛を、ポニーテールにまとめて揺らしている。目で追うたびに、どうにかなりそうな気持ちがやっぱり湧いてしまう。

 美術館で絵を見てる時には気にならなかったのに、外に出た瞬間、目を奪われるのはメグルばかりだ。この表情を描き残すなら、俺ならどうするだろうか。指先でメグルを切り取れば、この思いすら、一生残るような気がしている。

 あぁ、やっぱりメグルのことが俺は好きなんだと実感して、声が出そうになった。メグルには、心が読めるのに。