将来のことはわからないけど……メグルのことは一生忘れられないと思う。だって、あんなに全力で会いたいと伝えてくれるのも、色々なことにまっすぐな人も知らない。あぁ、俺はメグルのいつだって全力というパワフルなところに惹かれたんだな。

 俺が、それをできないから。
 兄みたいになろうと思ってるくせに、足が震えて一歩踏み出せない弱虫だから。

「メグルちゃんと、なんかあった?」
「覚えてて欲しいって、言われたんだよね」
「なんか約束とか忘れたわけ?」
「そういうんじゃないけど」

 約束、といえば、アイスキャラメルマキアート。次、あそこに行ったら「飲んでみてよ」と言っていたな。スマホに後でメモしておこう。もし、忘れたら、メグルに申し訳が立たないし。

 一人で想像して、つい、唇が緩む。

「まぁ、なんだかんだ上手く行ってるみたいでよかったよ」
「なんだよ、それ」
「サトルはさ、ずっとやりたいこととか、我慢してきてただろ? 俺のせいで」
「兄ちゃんのせいでは、ないよ」

 やりたいことを我慢してきたとも、思っていない。憧れとかは、ちょっと胸の中にあったけど。首をぶんぶん横に振って否定すれば、兄は俺の肩をポンポンっと軽く叩いた。

「無意識に抑え込んでんのかもしれないけど。サトルは、サトルの人生を歩いて良いんだよ」

 そう言われても、全部兄の通りにと考えていたから、すぐには思い浮かびそうにない。メグルと居たら、何か見つけられるだろうか。考えてみて、美術館と提案された時の昂りを思い出した。

「絵とか、描くの好きだったろ」

 兄が机の引き出しから取り出したのは、拙い俺の絵。野球姿の兄を描いた作品だった。小学生の頃、コンクールで銀賞を貰ったから、兄に渡したんだ。中学生の頃は、確かに美術部にいたけど……辞めてしまった。兄の、将来を奪ってしまった時に。

「まだ持ってたのかよ」
「当たり前だろ。可愛い弟からのプレゼントは全部取ってあるよ」
「久しぶりに書いてみたらいいんじゃない?」

 兄の提案に、あいまいに笑って「考えとく」と答えた。そして、麦茶を一気に飲み干して、立ち上がる。メグルを美術館デートにでも誘おう。あと、メグルとの日々を忘れないように書き留めておく。

「まぁ、また悩んだら、お兄ちゃんにでも相談しなよ」
「おう」

 照れ臭くて、ごまかす。兄ちゃんは、ふっと笑って先ほどの絵をまた、引き出しにしまっていた。

 両親に気づかれないように足音を忍ばせて自分の部屋に、移動する。

 シーンと静かな部屋で、ぽちぽちとスマホにメグルとの日々を打ち込む。誰かに見せるのは違う気がしたから、メールの下書きに残してみた。日記アプリでもダウンロードすれば良いんだろうけど、続くかはわからないし。

 ちょうどいいところで、メグルからのメッセージが届く。

【次は、いつ会える?】

 いつ会おうじゃなく、問いかけるようなメッセージは、初めてな気がした。夏期講習のプリントを確認すれば、あと一週間ほどで終わる予定だ。ちょうど、来週くらいなら良いかもしれない。

 素早く来週の日程を返せば、OKと猫のスタンプが送られてきた。メグルに似ていて、まんまるの目でかわいい。

【美術館に行かない?】

 自分から、どこかへ行きたいとメグルに伝えるのは、初めてだった。驚いたメグルの言葉をそのまま、打ち込んでるのだろう。誤字満載で返信が返ってきて、また声を出して笑ってしまった。

【えぇつ、えっ!? サトルから、行きたいところ送ってくるって珍しいけ】
【ごめん、誤字しまくった】

 打ち込んでるテンションが分かってしまって、メグルの声が聴きたくなった。やっぱり、もう、だいぶ好きになってる。一目惚れだったのかもしれない。ためらいなく猫を助ける背中に、すでに恋に落ちてたのかも。