翌週、日向野は相変わらずの様子で学校に来た。もちろん日向野に話しかけられることもないし、八代から話しかけることもしない。
安達と山下と三人で昼を過ごし、花岡や篠宮の愚痴を聞き、これまでと変わらない日常が三日流れていった。
二年生はもう真新しい出会いなどないだろうと思っていたのに、四日目の木曜日に思いもよらない変化が変化があった。
登校してきた日向野はあのうざったかった前髪を切り顔が見える状態で来たのだ。
セットこそしてないものの、目元が見えるだけでも印象がガラリと変わって見える。
彼を目で追ったのは自分だけではないはずだ。
案の定、何人かは呆然と日向野を見ていた。それは日向野だと気づいているというよりも、あいつは誰だと言いたげな顔をしていた。
日向野が着席したと同時に、八代の席の周りにいた花岡が日向野を見て目を丸くする。
「やば」
思わず声を上げたのは花岡で、さすが男性アイドルが好きなだけあるなと八代は感心した。
隣にいた安達が花岡に釣られて日向野に目をやり、同じように目を丸くした。
「え、日向野くんだよね? 髪どうしたの?」
普通こういう時は「髪切ったんだ。似合ってるね」が正解だろ。
失礼極まりない先陣の切り方だったが、花岡の声でクラスメイトたちが日向野に注目する。
「……前髪、邪魔だったから」
クラスメイトたちが日向野を見ながらこそこそと話す。きっと悪い意味ではないだろうけど、日向野には耐え難い空気だろう。
「いいじゃん、似合ってる」
困ったように視線を彷徨わせていた日向野にそう声を掛けると、ピタリと自分に焦点が合った。
まるで小鳥の雛が親鳥を見つけたかのように、どこかホッとした様子が垣間見えて少しの優越感を覚える。
この原石を発掘したのは自分だぞと。まぁ自分が磨いたわけではないけれど。
「すげー。根暗がイケメンとかもはや漫画じゃん」
余計なひと言を放った山下からは嫉妬心が滲み出ている。「根暗は余計だろ」と安達に小突かれてもなお、山下は面白くなさそうに日向野を見ていた。
直後ホームルームのチャイムが鳴り、生徒たちがそれぞれが席に戻って行く。
チラリと横を見ると日向野が自分を見ていて内心ドキっとする。
「なに」と口パクで聞くと、日向野はブレザーのポケットから小さなポチャチャのマスコットを見せてきた。
一緒に出かけたあの日の帰りから、今日の朝まで余計なことを言ったとずっと後悔していた。
壁はさらに厚くなりもう壊すことはできないかと思った。
でも今こうして、あの時に言った言葉が日向野にとって一歩踏みだす勇気になったのだと思うと嬉しくて仕方がない。
八代は生まれて初めて出会う感情に浮き足立っていたーー。