ポチャチャとコラボしたカフェの店内は女子が九割を占めていた。
店内の至る所に描かれているポチャチャは可愛らしい蜂の衣装を纏っている。ノーマルなポチャチャは緑のベストを着て麦わら帽子を頭にのせているだけだし、どうやら今回のコラボカフェは春仕様らしい。
特に冬仕様や夏仕様を見たことはないが、きっとサンタや水着の衣装を着るのだろう。もしかしたらハロウィンや正月なんかも何かとコラボするのだろうと容易に想像がついた。
「今日は本当にありがとうね」
目の前に座っていた花岡がフードを自分の前に並べながら言う。
ポチャチャの顔が描かれているというだけで二千円もするオムライスに、ポチャチャのイラストが描かれたコースターが特典というだけで八百円もするオレンジジュースとアイスティー。花岡は真剣にそれらをスマホのカメラで撮っている。
「はい、お待たせ」
写真を撮り終えた花岡にオムライスとオレンジジュースを差し出される。
「本当にいいの?」
「いいよ。あたしダイエット中だし」
「じゃあ、いただきます」
「どうぞどうぞ」
八代もオムライスを口に運ぶ。普通の可もなく不可もなくな味だった。
花岡はアイスティーを一口飲むとすぐにカップをテーブルに置く。きっと花岡が飲んでいるアイスティーも特別美味しいわけではないのだろう。
「にしても人多いね。まぁ多分アキラ効果もあるんだろうけどさ。だってほら、めちゃめちゃ可愛くない?」
そう言って花岡が、アキラがポチャチャのクッションを抱きしめている自撮りを見せてくる。
可愛いなんて思うわけないだろ。
アキラがポチャチャ好きを公言しているのは、キャラクターが好きといいよりも、自分には可愛いところもあるんだぞというアピールをするための戦略なのではないかとも思う。
アキラにとってはコラボしている時点で、ただの仕事に過ぎないのだから。
そしてファンはまんまとその戦略に飲み込まれている。
アキラが食べたオムライス、アキラが飲んだアイスティーを共有することが大事なのだから。
周りの女子達はただ話題性だけできているようなグループばかりだ。マスコットなどをテーブルに並べているガチなファンはどうも少ないように思えた。
一体ポチャチャの年商はいくらなのだろうと、とても八百円の味とは思えない絶妙な薄さのオレンジジュースを飲みながら思った。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
鞄を持った花岡が席を立つと、ふと向こう側の席に見覚えのあるシルエットが見えた。
八代は人生で初めて二度見をするために目を擦った。
こんな動作コメディドラマの中だけだろと思っていたけれど、はっきりと「まさかな」と心の中で呟きながらしっかりと目を擦った。
あのうざったそうな長い前髪に少し猫背気味の線の細いシルエット、あれは間違いなく日向野だ。襟付きの青いシャツを羽織り、デニムにスニーカーというシンプルな服装は制服姿あまりギャップは無い。それよりもテーブルの上に置かれた様々なポチャチャグッズが目についた。日向野はそれをただ黙々とスマホで撮っている。
あいつガチファンなんだ。ポチャチャかアキラ、どちらのファンなんだろう。
オムライスをパクパクと食べ進めながら日向野を眺めていると、視線に気づいたのか日向野がまるで狙ったかのようなタイミングと角度で顔を上げた。前髪越しに僅かに見えた日向野の目と視線がばちっとかち合う。
その目は前髪越しでもわかるくらい澄んで見えて、八代は呆気に取られて固まった。
「えっ」とばつが悪そうに日向野の口が小さく動く。八代は咄嗟に始業式の日と同じようにニコリととりあえず笑って見せた。
「お待たせー」
タイミングが良いのか悪いのか、花岡がスマホを見ながらトイレから戻って来た。
八代は咄嗟に表情を戻し、何事もなかったかのようにオムライスを食べ始める。
花岡が席に座ると日向野の姿はもちろん隠れてしまい少し残念に思った。
もし花岡が戻って来なかったら、日向野は自分に笑い返してくれただろうか。笑顔はないとしても、苦笑いか、愛想笑いか、引き攣り笑いか、はたまた無視か。
もう隠れて見えなくなってしまったそれを頭の中で想像するけれど、一番しっくりと来たのは圧倒的に無視だった。
それもそうか。自分は日向野のことを名前と出席番号、そしてポチャチャかアキラのどちらかのファンだということしか知らないのだから。
「純人? どうかした?」
「ううん。何でもない」
「そう?」
不思議そうに首を傾げる花岡に、八代は花岡が日向野に気づかないようにこの後の予定について話題を変えたのだった。