向かった先はやはりあの踊り場だった。
日向野が定位置に座ったので、自分もその隣に座る。
「なんか久しぶりに来た気がする」
全員で昼を食べるようになってから、踊り場へ来ることはめっきりと減ったからだ。
日向野にはどちらで過ごしてもいいとは言ったが、一緒にいたいからというストレートすぎる理由で、今はもうこの踊り場で昼を過ごすことは無くなった。
「やっぱ落ち着くな、ここは」
「二人きりになりたい時に来ようね」
いたって爽やかに日向野が言った。
日向野が言う言葉は嬉しくもあり、けれどやっぱりまだ照れ臭い。
「えーなにする気?」
素直に頷かないで茶化すと、日向野はキョトンとしてこちらを見た。
「なにって別に話すとか色々できるじゃん」
「いやまぁそうだけど」
「あ、もしかして八代くんなんか変なこと考えたでしょ?」
「うわ、うるさ」
「でも顔赤いよ」
「見るな」
「見るよ。可愛いもん」
顔を隠そう日向野に背中を向けると、背後からふわりと抱きしめられた。
いつも自分はこうして日向野に捕まっているなと思う。
「でも、確かにこういうことはできるね」
「近いって。誰か来たら……」
「誰も来ないこと、知ってるくせに」
耳元にキスするように囁かれて、思わず唇を噛んだ。
「我慢できなくなったら来ようね」
「……今だってそのつもりで来たんだろ」
「そうだよ。でも八代くんもそのつもりでついてきたんでしょ?」
図星をつかれて黙秘したが、それは素直に肯定しているようなものだった。
「好きだよ、八代くん」
日向野は惜しみ無く愛情を注いでくれる。
これでもかというくらい愛してくれている。
そしてそうしている時の日向野は、本当に幸せそうだった。
その姿が父に重なって、自分が日向野に惹かれた理由がわかった気がした。
「……俺も、好きだよ」
だから自分もちゃんと日向野に向き合おうと思ったのだ。
ずっと知りたくて求めていたから、愛情という感情を
ずっと憧れていたから、父のように誰かを自分以上に大切に思う姿を。
「もう一回」
「言わない」
「もう一回」
「言わない」
だから付き合ってからというもの、「好き」と言われたらきちんと「好き」と返すようにしていたが、多分日向野は少し調子に乗っている。
手のひらで転がされないように、頑張って意地を張ってみるけれど、それでも日向野の目はいつも愛おしそうに自分のことを見ていた。
嬉しいけれどくすぐったい気持ちになる。
「八代くん、こっち向いて」
日向野に言われるがまま、振り向くと優しくキスされた。
「やっぱり二人でいると我慢できない」
「なんだよそれ」
八代は呆れて笑うが、再び日向野に抱きしめられるとその胸に身を預けた。
我慢できないのなんて、自分も同じだ。
もうまもなく夏が来る。
今この瞬間もすでに踊り場には暑さが充満しているというのに、八代と日向野は互いの体温を感じて幸せの中に浸る。
静かに流れる時の中、どこからか授業を始める鐘の音が聞こえたーー。