始業式とホームルームが終わると十二時には下校となった。
結局その後十八番とは会話することもなく、十八番はチャイムがなると同時に教室を飛び出して行ったのだった。
「今日どうする?」
安達が当たり前のようにそう言って八代の席に来る。続いて篠宮、山下もやって来た。所謂いつメンというやつだ。
篠宮は花岡と中学時代からの友人で常に行動を共にしている女子だ。山下は一年生の時に、八代と安達と共に地域係という月に二度学校が指定するボランティア活動をする係となり、そこで仲良くなってから今に至る。
「平日でフリータイム安いし、やっぱカラオケじゃない?」
「さすが花岡ちゃん。いい案出すね〜」
花岡の提案に山下が即賛同する。誰がどう見ても山下は花岡に好意を持っているとわかるだろう。だが本人がそれを口外していないので八代たちも特になにも言わない。
たまに安達がチャチャを入れることもあるが、山下は照れるだけであわよくば周りの力でどうにかならないかとすら思っていそうだった。
結局カラオケ以外の案が出なかったので、昼も食べずにそのままカラオケ店へと向かった。
フリータイムで入り各々慣れた手つきで曲を入れていく。好きなように歌い恥じらいなど微塵も無く自由にしている姿は、カラオケのCMに使われそうなくらい“青春を満喫する高校生”だ。
結局そのまま終了時間の十八時まで歌い続けた。
そのまま駅で解散し、いつも通り徒歩で帰る組と電車で帰る組に分かれる。
キャッキャしながら歩く花岡と篠宮の後ろを着いて歩いていると、篠宮が思い出したように八代の方を振り向いた。
「そういえばあの十八番くんと喋った?」
「そうだ、あの十八番! どう?」
篠宮に釣られて花岡も振り返る。
八代の隣の席の十八番。ホームルームの点呼で彼が日向野渉という名前であることは知ることができたが、花岡も篠宮も覚える気は無さそうだった。
「いや、特には」
「なんかちょっと感じ悪くなかった? 黙ってあたしの前にずーっと立つだけでさ。 席違うの気づいたならすぐに教えてくれればいいじゃんね」
篠宮が話題に出したこともあり、朝のことを鮮明に思い出したのか花岡の声色が怒りを帯び始める。
「あれ美鈴に圧かけてたよね」
「だよね。なんかちょっと嫌味ったらしいっていうかさ」
「緊張してたんだよ。多分」
花岡が怒るのは筋違いだろうと思ったが、適当に宥めながらその後も愚痴を聞いた。
まるでジェットコースターのように不安定になる女の子の感情は本当に大変だと思う。
何を返答するにもたった一言が命取りになるし、爆弾を爆発させないように慎重に扱わなければいけない。自分に姉がいたからこそその特性は理解できるが、いなかったらと思うとゾッとする。
「てか美鈴、土曜日行く人見つかった?」
日向野の話題があっという間に変わり、篠宮の問いに花岡が首を振る。
この話題転換の速さにもさすがに慣れた。
「なにかイベント行くの?」
「ポチャチャのコラボカフェ!」
“ポチャチャ”とは、巷で大ブームを巻き起こしている犬のポメラニアンをモデルにした二頭身のキャラクターだ。
若者の間で人気のイケメンインフルエンサー・アキラが好きだと公言してからというもの、その存在が一気に広がり今では関連グッズが山ほど出ている。
花岡と篠宮はポチャチャのコラボしたカフェに行く予定でネットで二枚入場券を取ったのだが、篠宮が家の事情で行けなくなり同行者を探しているのだという。
「カフェなのに入場券買うんだ」
「そう、ネットで事前にね。じゃないと入れないから。アキラとのコラボグッズも出るし」
どうやら花岡はポチャチャのファンというより、アキラのファンでアキラが持っている物と同じグッズを持ちたいのだという。
「なんか一人で行くのもねぇ」
「八代、あんた一緒に行ってあげてよ」
八代のスケジュールを聞く前に篠宮があっけらかんと言い放つ。どうせ暇でしょとでも言うような言い草だった。
花岡は篠宮の言葉に縋るように八代を見る。どうせ暇でしょと目が訴えていた。
「いいよ。土曜日なんの予定もないし」
どうせ暇だったのでそう返答すると、花岡は目を輝かせて「神」と言い放った。
こんなことで誰かの神になれるのなら、暇だと思われていても悪い気はしなかった。