翌日、登校すると日向野の席に人だかりができていた。
「ねぇ純人見て! 凄くない!?」
花岡に見せられたスマホの画面には動画投稿アプリの動画いいねランキングが表示されていて、日向野のデート風彼女目線動画がランキングの二十位に入っていた。
何万投稿もある動画の中でランキングに入れるだけでもすごいのに、トップ二十とは大したものだ。
「日向野くんマジで芸能界いけるって」
そんな上手い話があるか。
世の中には顔だけいい奴なんて何千万人といる。
芸能界に行くのは顔面の他にも、何か長所があったりアピールできるものがあるやつだけだ。
日向野は何も興味ないのだがら芸能界へなんて行くわけないだろう。
「あたしアキラじゃなくて日向野くんのこと推そうかなぁ」
そういえば花岡は、アキラ……というか南川のファンだった。
もし日向野が繋がりあると知ったら、花岡は無礼承知で会わせてほしいとかいうだろう。それは日向野に迷惑を翔琉ことになる。
南川のことは絶対に隠し通さないといけない。
教室で聞くわけにもいかず、昼休みにアポも取らずに八代は踊り場へと向かった。
だが日向野の姿は見当たらない。居た形跡も無くて、もしかしたら自分の方が早かったのかもしれないと、少しだけ待ってみることにした。
だが昼休みが終わる頃になっても、日向野は踊り場にはやって来なかった。
そのまま教室へ戻ったが、日向野は教室にすら居なかった。

「日向野ってどこ行ったの?」
五時間目の終わりに花岡に聞いてみた。
「あー朝から体調悪そうだったから保健室にでも行ったんじゃない?」
「え、そうなの?」
「うん。なんかちょっと元気無かった」
なのにお前たちはあんなに周りではしゃぎ倒していたのかと怒ってやりたくなったが、日向野が自分で無理をしたのだろう。
隣の席に居たのに気づけなかったのは不覚だった。
六時間目は全校集会だったので抜けて保健室へ行ってみることにした。
保健室はドアノブに【外出中】と書かれたカードがぶら下がっている。
物は試しにドアノブを回してみると、いとも簡単に入室することができた。
奥へ進むとカーテンで囲われたベッドが目に入り、僅かに開いていたカーテンの隙間から中を覗き込んでみた。
横向きで生徒が寝ていて後頭部しか見えないが、それが日向野であることはさすがにわかった。
「日向野、大丈夫?」
小さく声をかけて中に入ると、日向野がハッとこちらを振り向く。
「なんで……」
「いや、花岡に保健室かもって聞いたから」
「あぁ。でも大丈夫だよ。別に体調悪いわけじゃないから」
日向野はそう笑って起き上がった。
体調悪くないならなんでこんなところにいるんだという言葉は飲み込み、「ならよかったと」と声を掛ける。
「なにかあったの? あ、もしかして返事?」
「それはまだ……」
「嘘。ごめん、冗談」
今聞いてもいいだろうか。けど今聞かなかったらチャンスを逃してしまうかもしれない。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「南川って知ってる?」
聞いた途端、日向野の表情が一瞬引き引き攣った。
「あー南川彰くんかな? 中学の時同じクラスだったけど、なんで?」
引き攣りを上手く隠して日向野が答える。
とぼけているなとすぐに気がついた。きっと何かあるのだ。
「その人が、日向野に会いたいんだって」
だから効きそうな一言を投げてみる。
「どういうこと? 俺、そんなに仲良くないんだけど。誰がそんなこと言ってたの?」
「いや、坪内がさ……あ、ほらゲーセンで会った中学んときの同級生。そいつが南川って人と同じクラスなんだって。で、坪内が俺と日向野が映った動画見てたら、南川が声掛けてきたらしくて」
「そう、なんだ……」
目線が下がる日向野を見ながら、動画に映ってしまったことを悔やんでいるのだろうかと考えた。
そうすればバレることなどなかったのに、と。
多分日向野と南川の間には、日向野が連絡を断つほどの深い溝があるのではないだろうか。
でなければ、日向野の表情はあまりにも苦しすぎる。
「別に嫌なら断っておくけど」
「そうしてくれる? 俺人見知りだし」
その貼り付けた笑みには気づいていないふりをしておいた。
心のどこかでは、日向野が南川に会いたくないと言ってくれて安心している自分がいたからだ。
「なぁ日向野」
「俺には八代くんだけでいい」
「え?」
「いいんだよ」
日向野はそう言ってスッとベッドから立ち上がると、優しく八代を抱きしめた。
鼻を掠めるサボン系の香りに体がむず痒くなった。
「また香水つけてる」
「好き?」
日向野の言葉は単純にこの香りは好きかどうかというものだ。
「……嫌いじゃないよ」
けれど、この雰囲気に全てを飲み込まれてしまいそうで、“好き”と言葉に出すには抵抗があった。
その“好き”には色んな意味が込められてしまいそうだったから。
「良かった。八代くんに嫌いって言われたら家帰って捨ててるところだった」
日向野は八代に告白をしてからというもの、めっきり八代に甘くなった。
甘いし恥ずかしいことも平気で言葉にしてくる。
それでもその仕草や言葉のおかげで、南川のことな八代の頭の中からすっかりと消え去っていた。
そして八代はただ、日向野の暖かい体温にこのまま身を委ねてしまいたい衝動に駆られる。
こうして拒絶せずに全てを受け入れてしまっていることが、日向野に対して残酷なことだとはわかっているというのに……。