安達たちとは日向野の体調不良を理由に別れた。
もちろん嘘だが誰一人としてそれを疑う者はおらず、言葉だけの心配を受けて終わった。
アミューズメントパークを出ると、日向野が集合前にカプセルトイを回したゲームセンターに行こうと言い出した。
「帰るんじゃないのかよ」
「帰り道だからいいでしょ」
まだ揃ってないポチャチャがあるんだ、と日向野が足早に歩いて行く。
さっきまでの心細そうな日向野はどこにもいなくて、今は飄々と機嫌よく過ごしているようにも見える。
「あのさ、動画嫌なら俺があいつらに言うけど」
「だから別に嫌じゃないって」
「でもさっき」
「俺は友達だとは思ってないし、友達が欲しいとも思ってない」
その言葉は、さっきひどいことを言った自分に対するアンサーだとすぐにわかった。
「……さっきはごめん。よくないこと言った」
本当にごめん、と日向野の後ろで立ち止まって頭を下げた。
「別に平気。俺も八代くんのこと連れ出しちゃったし、ごめんね。本当はみんなと居たかったよね」
口を挟む隙がないほど早口に言われて、否定も肯定もできなかった。
でも言えるのは、あそこに留まりたかったという気持ちはないということ。
「俺も出たかったよ」
日向野から逃げたいとは思ったけれど、きっとあのまま離れても何も自分の中で解決はしなかっただろうし、結局頭の中では考えてしまうのだろうから意味はなかっただろう。
それも今こうして、二人であの場を出てきたからこそ判断ができるのだろうけれど。
八代の言葉には答えずに日向野は再び歩き出し、ゲームセンターにするりと入った。
迷わずにポチャチャの台へと進み、朝と同じように台の前にしゃがみ込む日向野。
八代たちがいるエリアには人影がなく、通路を塞いで邪魔になっているわけでもなかったので、八代も同じように日向野の隣にしゃがみ込んだ。
僅かに肩が触れ、近すぎたかと少しだけ離れた。それでも日向野との距離は近くて、こじんまりとした二人だけの空間はゲームセンターとは思えないほど静まり返っていて緊張が走る。
「八代くんにとって、俺って友達?」
やがてポチャチャの台に百円玉を入れながら日向野が聞いてきた。
クラスメイトと呼ぶには遠すぎるし、遊んだり一緒に昼を過ごしたりしているのだからそれは友達なのではないのか。
でもさっき、日向野は安達たちのことを友達ではないと言い切っていたし、自分もその中の一人だとしたら安易に友達だろ、とは言えないなと思う。
「日向野が友達だと思ってくれるなら、俺はそう思ってるけど」
日向野の質問の意図はわからなかったけれど素直にそう答えた。
「友達なのかな?」
日向野が八代に問い掛けてからレバーを回す。
「違うの?」
すぐには頭が回らず答えが出なかったので質問に質問で返した。
クイズ番組だったら批判を喰らうであろう。間違ってでもいいか何か答えるべきだったと。
「ちょっと違うと思う」
日向野は八代の質問返しにはっきりとした口調で答えた。
「あ、被り。あげる」
出てきたポチャチャを渡されて見ると、それは朝にも出てきた浮き輪を付けたポチャチャだった。ポチャチャは八代の手のひらで可愛くウィンクしている。
お前全然空気読んでくれないな。
「俺の好きなもの、肯定してくれ安心した」
ポチャチャを手のひらで転がしていると、日向野が首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「そりゃ否定なんかしないよ」
「あと、気にしないって言ってくれたのも嬉しかった」
「それは気にする方がおかしいと思うし」
「だから友達なんていらないって思ってだけど、八代くんならいいかなって」
考えながら、箇条書きのメモを読むようにポツリポツリと日向野が続ける。
オチがあるのかもわからない話し方だったが、先を急かすのはやめようと日向野の声にただ耳を傾けた。
「だから八代くんのグループに居たら友達になれるのかなって思ったんだけど……」
歯切れの悪くなって目を逸らす日向野。
その言葉の先が気になって、八代は思わず顔を覗き込んだ。
日向野は意を決したようにすっと八代に目を合わせて、「でも失敗だった」と呟いてやっぱりまた目を逸らした。
マイナスな言葉に動揺し、心臓が激しく脈打ち始める。
平然を装いながら、「八代は「何が失敗なの?」と軽く聞こえるように返答した。
「……俺は八代くんのこと、友達だと思えなかったから」
突然突き放された言い方をされて頭が真っ白になる。ギリギリのところで立っていたのに、ポンと背中を押されて崖から突き落とされた気分だった。
自分は何を失敗したのだろう。何で日向野にそう思わせてしまったのだろう。
頭の中でぐるぐると自分の過ちを探ってみるが、心当たりが多すぎて悔やむことしができない。
しつこさか、失言か、はたまたグループの空気感か。
律儀に面と向かって「認めてくれたのは嬉しかったけど、やっぱり友達にはなれない」と宣言されるのは精神的にくる。それでもそれは紛れもない日向野の本音だった。
元々自分と日向野とでは纏っているものが違うとはわかっていた。
混じりたくても混ざれない、性質とはそういうものなのだ。
「そっか。そうなんだ。なんかごめんね、色々考えさせちゃって」
申し訳なさそうな顔で、でも重たくならないようにあっけらかんと答えた。
そういう空気に自分で持っていかないと、全てを聞いてしまいそうだったから。
ダメなところはなんだったのか。何が合わなかったのか。屋上で過ごした時間を居心地いいと思っていたのは自分だけだったのか。……ならどうして、触れてきたのか。どうして、連れ出したりしたのか。
けれど全て飲み込んだ。人の気持ちなど思いもよらない言葉や態度ひとつで変わってしまうものだから。
「あのさ」
「もう誘わないようにするからさ。なんか不快にさせてたなら本当にごめん。あ、安達とかには俺から……」
焦って早口に答えて立ちあがろうとすると、日向野に腕を掴まれて引き寄せられた。
ただでさえ近かった距離がさらに縮んで、日向野の目を見たまま動けなくなる。
「そうじゃない」
日向野は目線を下ろすと、何も言わないままそっと顔を近づけて来た。
そしてすぐに柔らかい感触が口元に触れる。
心臓が口から飛び出そうなほど暴れていた。
ゲームセンターの騒音が遠のいて、自分の心臓の音しか聞こえない。
気づいた時には自分を見つめる日向野と目が合っていた。
「……何、したんだよ」
「キス、です」
別にその単語を聞きたいわけではなかったが、あまりにも馬鹿正直に日向野が答えるもんだから、さらに訳が分からなくなった。
「……なんで?」
「八代くん、俺の言いたいこと全然聞いてくれないから」
「だってお前が友達じゃないって……」
「そうだよ、友達じゃない。だって友達にこんなことしたいなんて思わないし」
「それって……」
つまり日向野は自分のことを恋愛対象として見ているということなのか。
そう聞こうとした直後、ヤンチャそうな高校生カップルがエリアに入ってきたため、八代と日向野は弾かれたように互いから離れた。
カップルの男の方がチラリと八代と日向野を見る。
虫ケラを見るような目に居た堪れなくなり、八代はそそくさと立ち上がった。
「八代くん」
「ごめん、先帰る」
どうせ今話しても頭の整理はできないだろう。
離れようとすると、今日何度目かの日向野の手に捕まった。
「怒ってる?」
怒るだろ、あんな急に。と言ってやりたかったが正直怒っているとは少し違う。
子どもじみた言い訳だが、このままどういう態度で、どういう気持ちで日向野と一緒にいたら良いのか正解がわからなかったのだ。
「……じゃあな」
今日初めて日向野の手を振り払うと、日向野の顔が今にも泣き出しそうに歪んだ。
けれど引くに引けない状況のまま、日向野を置いてゲームセンターを出た。
もしかしたら追いかけてくるかもしれないと思ったが、結局家に帰るまで日向野が現れることはなかった。